新読書スタイル 朝井リョウ×宇垣美里 平成生まれの2人、新作・読書を語る

    作家の朝井リョウさんと、フリーアナウンサーの宇垣美里さんのトークイベント「新読書スタイル~平成の文学」(活字文化推進会議主催)が3月23日、東京都新宿区のDNP市谷左内町ビルで行われた。多くの人に本に親しんでもらうイベント「本のフェス」の中での対談企画だったが、同じ平成生まれの2人は、朝井さんの新刊「死にがいを求めて生きているの」(中央公論新社)の話から互いの読書遍歴まで、本と言葉にまつわる話で盛り上がった。 

                    ◆平成の「対立」とは◆
 朝井 最近、東京の「明治座」で舞台を見て、気になったことがありました。セリフで背景も何もかも説明してくれるんです。
 宇垣 説明なんですね。想像しなくても教えてくれる。裏まで考えないというか、裏を読むといったことがヤボという感じでしょうか。
 朝井 宇垣さんは、雑誌連載の文章などで、目には見えないものを言葉で表現されているなと感じます。逆「明治座」です。
 宇垣 朝井さんの本を読んでいると、気づきたくなかったことを明確に言語化している。「死にがいを求めて生きているの」も、朝井さんらしく、えぐってほしくなかったところをえぐってくれる本でした。         

 朝井 この本は螺旋(らせん)プロジェクトという企画の1冊なんです。8組9人の作家が各時代を舞台に「対立」をテーマにした小説を書くのですが、私は「平成」担当として、初めて時代を意識しながら書きました。ただ当初は、平成の「対立」が思い浮かばなかったんです。宇垣さんは私と同じ平成生まれで、ゆとり世代ですよね。
 宇垣 がっつりゆとり世代です。
 朝井 自分らしく、個性を大事に、ナンバーワンよりオンリーワンと言われてきた感覚がありませんか。
 宇垣 成績も相対評価から絶対評価に変わって、人と比べるんじゃないという時代ですものね。
 朝井 はい。でも、個性を大事にと言われても、単体では自分の個性を認識できない。最近、なんでそれにそこまで怒れるのだろうという人を見かけます。もしかしたら、自分の言葉をぶつける場所を確保することで自分の輪郭を把握しているのかなと感じます。対立がなくなっていった時代だからこそ、対立がありそうなところに自ら身を投じ、自分の存在を確認していく。
 宇垣 どの登場人物が一番自分に近いですか。
 朝井 作品問わず、最も気味が悪い人物に近いことが多いです。今回なら堀北雄介と弓削晃久。この2人の言葉がどう受け止められているか、感想をあさり中です。
 宇垣 対立を求めて、その場所に走るようなキャラクターですけど、嫌じゃありませんでした。

 
                    ◆個性礼賛の裏側◆
 朝井 秋葉原無差別殺傷事件を始めとする平成に起きた様々な事件の犯人の供述を読むと、「自分は社会的に価値がない」というような吐露によく出会うんです。「自分らしさ」を大切にする風潮は、裏返せば何もない自分を否定する気持ち、自滅的な気持ちの種でもある。私もそうです。
 宇垣 そうなんですね。
 朝井 自滅的思考って一歩間違うと、自分を滅するのではなく、自分を滅しようとする他者や社会を破壊する方向に転じる気がするんです。「平らかに成る」と書く平成、「ナンバーワンよりオンリーワン」、多様性の尊重や個性礼賛の素晴らしさ――の裏にある自滅精神が生み得る様々な現象、感情を小説で書きたかったんです。
 
                 ◆幸福なジレンマ 私も誰かに◆ 
 宇垣 朝井さんはどんな作品を読んできたのですか。
 朝井 外せないのは、佐藤多佳子さんの「一瞬の風になれ」です。陸上部の高校生の3年間を描いた青春小説で、読んでいるうちは命が引き延ばされるというか、生きていることを楽しいと思えます。
 宇垣 生きる意味にもなりますね。
 朝井 読み終わりたくないのに面白いからガンガン読んでしまう、という幸福なジレンマを味わいました。いつか誰かにとっての「一瞬の風になれ」のような作品を書きたいです。「チア男子!!」という作品で青春スポーツ小説に挑戦したのですが、体の動きを文章で表現することの難しさに張り倒されました。 

                 ◆「正しさ」から解放◆

 宇垣 さくらももこさんのエッセーも好きだとか。
 朝井 大好きです。さくらももこさんの本は、文章を読むのは楽しい、というとんでもなく単純なことを思い出させてくれる。国語が嫌いな人って、“正しく”読まないといけないというプレッシャーを感じている気がするんですよ。
 宇垣 「こういうときの心情を答えよ」みたいな。
 朝井 でも、さくらももこさんのエッセーは、すべての“正しさ”から解き放たれている。読み手が本から何か人生訓的なものを得ようとする姿勢すら拒む、徹底したナンセンスで構成されているんです。大きな賞をいただくと、社会にとってためになることを書かなければという責任感を勝手に抱くことがあります。そういうときにさくらももこさんのエッセーを読み返すと、そんなの関係ないやって思わされます。
 宇垣 こんなことまで言っていいんだみたいなことを書いている感じが、私も好きです。
 朝井 また、私は芸術家ではなくエンタメ作家でありたいと思っているのですが、エンタメで味わいたい感情が「全部乗せ」なのが野沢尚さんの「反乱のボヤージュ」です。存続危機にある大学の寮が舞台の作品で、とにかく描かれる喜怒哀楽すべてに共感できる。そしてその真逆が貴志祐介さんの「悪の教典」。サイコパスを主人公に、物語の構成力のみで一気に読ませる。
 宇垣 共感ゼロ。救いもないのに、最後まで読んでしまうんですね。
 朝井 読者を共感させれば、感動させれば、泣かせればいいわけではないことを思い知らされます。最近目標としている作品に、堀江敏幸さんの「なずな」と松家仁之さんの「光の犬」があります。「なずな」は主人公が親戚の生後2か月の乳児を育てなければならなくなる話で、「光の犬」は北海道に根付いた一族三代の100年が時空を飛び越えながら描かれる話です。起承転結や共感も大事な要素だけど、一番大切なのは文章そのものだということを思い知らせてくれる2冊です。とにかく文章が素晴らしい。表現の船に乗って400ページを超える長編を縦断する感動がありました。
 宇垣 こういう表現があったんだというのは、朝井さんの本を読んでいても思います。  
 
              ◆「都会にまぎれる」後押し◆  
 朝井 ありがとうございます。宇垣さんの読書遍歴も聞きたいです。
 宇垣 原点に近い本としては、坂口安吾さんの「堕落論」と、山田詠美さんの「風葬の教室」です。山田さんは、中学、高校の時に読んでいました。「風葬の教室」はいじめを受ける転校生の女の子が、どう立ち向かうかという話ですが、私自身、昔からやっかみを受けやすかったので勉強になりました。「堕落論」は、図書館の本を全部読破しようという謎の使命感があって、そこで出会いました。
 朝井 宇垣さんの文章に影響を与えていますね。
 宇垣 桜庭一樹さんの「少女七竈(ななかまど)と七人の可愛(かわい)そうな大人」は、受験期に読んで、東京に出ようと決めた1冊です。主人公の七竈に対してある大人が「頭がよすぎるものも、悪すぎるものも。慧眼(けいがん)がありすぎるものも、愚かすぎるものも。性質が異質で共同体には向かない生まれのものは、ぜんぶ、ぜんぶ、都会にまぎれてしまえばいい」と言う場面があるんです。
 朝井 これは10代のうちに触れたかった文章だ。 
                ◆出会うべくして◆
 宇垣 ヴィクトール・E・フランクルの「夜と霧」は、ユダヤ人の精神科医の強制収容所での体験を書いています。彼は妻のことを考えて生き抜くのですが、一方でガス室を作るのも人間。人間って様々で、でも時々美しい面も見せるということを教えてくれる本だと思いました。
 朝井 これも10代の時に読んだのですか。受け取り方がすごいですね。
 宇垣 そうです。大人になって読むと受け取り方が全然違うでしょうね。
 朝井 本は本当に生ものですよね。出会うべくして出会うタイミングで手に取っている本、あります。 
 
             ◆「死にがいを求めて生きているの」◆    
 ◎あらすじ 植物状態で入院している智也と献身的に見守る雄介。2人に関わる大学生や時代に取り残された中年ディレクターらの視点から語られる「平成」という時代。彼らは自らの価値を見いだせるのか。 
 
 【朝井リョウさんが選んだ6冊】
 〈1〉原点となる作品
 「一瞬の風になれ」佐藤多佳子著、講談社
 「もものかんづめ」ほか さくらももこ著、集英社
 〈2〉エンタメ作家の自覚を促す作品
 「反乱のボヤージュ」野沢尚著、集英社
 「悪の教典」貴志祐介著、文芸春秋
 〈3〉最近の目標とする作品
 「なずな」堀江敏幸著、集英社
 「光の犬」松家仁之著、新潮社  
  
 【宇垣美里さんが選んだ5冊】
 〈1〉原点に近い作品
 「蝶々(ちょうちょう)の纏足(てんそく)・風葬の教室」山田詠美著、新潮社
 「堕落論」坂口安吾著、集英社ほか
 〈2〉しんどいなと思ったときに読む作品
 「凍りのくじら」辻村深月著、講談社
 「少女七竈と七人の可愛そうな大人」 桜庭一樹著、KADOKAWA
 「夜と霧」ヴィクトール・E・フランクル著、みすず書房 
 
 ◇あさい・りょう◇

1989年、岐阜県生まれ。2009年、「桐島、部活やめるってよ」でデビュー。13年、「何者」で平成生まれ初の直木賞受賞。14年、「世界地図の下書き」で坪田譲治文学賞。 
 
 ◇うがき・みさと◇

1991年、兵庫県生まれ。同志社大学卒業後、2014年にTBS入社。19年3月に退社。雑誌にエッセーを連載中。先月、フォトブック「風をたべる」(集英社)を出版。 

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