大東文化大学トークイベント「コトバの力」 ゲストに為末 大さん

                   ◆限界生むレッテル 失敗「何を学ぶか」◆

 スプリント種目の世界大会で日本人初のメダルを獲得した元陸上競技選手・為末大さんのトークイベントが7月7日、福岡市博多区のTKP博多駅前シティセンターで開かれた。大東文化大(東京)のミニオープンキャンパスの一環。フリーアナウンサー・今村敦子さんが司会を務め、為末さん、同大の学長・門脇廣文さんとスポーツ・健康科学部准教授の佐藤真太郎さんの3人が「コトバの力」をテーマに指導者、競技者として言葉の力を感じた状況を振り返り、スポーツと言葉の密接な関わりなどについて話し合った。
 【無の状態に】
 今村 為末さん、言葉は非常に大切だと、ごあいさつで言っていましたが、ご自身が誰かから投げかけられた言葉で変わったことはありますか。
 為末 現役の時のことです。当時、短距離は先輩の高野進さんがやっていました。私がメダルを取って数か月後、高野さんから「いい子になったね」と言われました。私は、どちらかと言えばやんちゃなタイプでしたが、メダルを取ってから、ちゃんとした選手であろうと期待に応えようとして、どこかちぐはぐなところがありました。言われた後に、「いい子」になるのはやめようと思いました。自分の走りをしないと勝てないので、自分らしく走るんだと納得し直し、練習も変えました。
 今村 為末さんの著書の中に、レッテルは危険だと書かれています。自分の職業とか、年齢とか、地位とか。そういうものがあると、なかなか動けないとありました。「自分はいい子だ」と、自分にレッテルをはったことで動けなくなったのでしょうか。
 為末 レッテルは、気づかないうちに、はってしまうことが多い。自分自身は変わっていくのに「自分はこういう人間なんだ」「これ以外は受け付けない」とレッテルをはると、そこが限界になって動きが止まってしまう。
 今村 競技中、頭の中に言葉は浮かんでくるものですか。
 為末 僕はなかったですね。無の状態であろうとしていました。
 佐藤 僕は色々考えてしまう方です。本当にいいパフォーマンスの時は記憶喪失みたいな状態でした。選手紹介の時ぐらいから記憶はないですね。興奮状態だったからでしょうか。
 今村 学長は約1万2000人という学生のトップにいるのですが、やはり、言葉は大切にしていますか。
 門脇 「できるだけ分かりやすく」を心がけています。大学には41の運動系のクラブがあります。全部のクラブの応援に行きたいと思っていますが、まだ半分くらいしか行けていません。「何と声を掛けるか」ということですが、素人なので声は掛けません。ニコニコ笑って応援に来ているよと示すだけです。それでも、選手たちは「勇気をもらった」と言ってくれます。
 【集中は続かない】
 今村 会場から為末さんに質問がきています。「勉強でも、スポーツでも、集中力が続きません。どうしたら気持ちを保てるようになりますか」というモチベーションに関する質問ですね。
 為末 どうしたらいいんでしょうね。僕が聞きたいです。でも、集中力はそもそも続かないという前提に立った方がいいと思います。2時間も3時間も集中し続けるのは結構難しい。続くのは習慣なんですね。習慣は続くけど、集中力は続かない。
 今村 失敗した時の切り替え方法はありますか。
 為末 「何で失敗したんだろう」と自問するよりは、「何を学んだんだろう」と自問するのがいいと思います。失敗は獲得したことではないが、学んだことは獲得したことなので、得した気分になる。失敗を積み重ねると、うまくいく時がくる。大変だが、失敗を失敗と感じなくなる成功体験が大事です。


 【挑戦 常に肯定】 

 今村 最後にお一人ずつお言葉をいただきます。
 佐藤 スポーツでは、挑戦している時が非常にいい状態ですね。結果ではなく、トライすることが素晴らしい。トライし続けていくことが成長そのものなので、その行為を常に肯定してほめてあげるのが大事です。
 門脇 卒業式に、いつも学生たちに三つのことを覚えてほしいと言っています。一つ目は、チームで働くこと。二つ目は、相手の立場になって人の話を聞くこと。「傾聴」という言葉を覚えてほしい。三つ目は、傾聴するために何が必要なのか。これは「ジョ(恕)」です。論語の中の言葉で、「恕」は、自分と他者との関係で思いやりを持ちなさいということです。
 為末 僕は講演する時、最後に孔子の言葉を必ず話します。「これを知るものはこれを好む者にしかず、これを好む者はこれを楽しむ者にしかず」という言葉です。「楽しむ」という言葉は、何かいいなと思っています。陸上は普段は楽しくないことだらけです。毎日同じ練習をして、苦しいんだけど、その中で、こうしたら速くなるんじゃないかと創意工夫をすると、それを楽しめるようになっていく。私が陸上から学んだ一番大きなことは、やることを楽しむように自分で主体的に工夫することです。
 
 【ゆっくり伝える 心に響く】 為末大さんあいさつ 
 今日は、「コトバの力」という話をしたいと思います。スポーツと言葉というと、真っ先に思い浮かぶのは、アスリートの名言でしょう。
 アスリートの言葉というのは、やはり響くところがあります。なぜ響くのか。言葉が人に伝わるには三つの要素があると思います。一つは、何をしゃべるか。二つ目は、誰がしゃべるか。最後に、どうしゃべるかということです。
 以前、小泉進次郎さんと対談しましたが、小泉さんは、スピーチをしている時、1分間にしゃべる単語数が普段の半分になるそうです。大事な言葉を選び、ゆっくり話すことで伝わりやすくなる。伝え方が非常に重要なんですね。
 子どもたちにハードルを教えています。ハードル競技には、いくつかポイントがあります。例えば、ハードルを越えた後、選手は両手を横に広げるように動かす。日本では、引き戸のドアを開けるしぐさをして、「ドアを開けるように跳べ」とよく言われます。海外で同じように教えると、子供たちは、ドアノブを引っ張って扉を開けるように跳んでしまいます。その人の経験や文化を知らないと、どういう言葉が通じるのかは分からないわけですね。
 若い選手たちに話すのですが、陸上というゴールのない道をひたすら進んで行くしかない。その時に、自分を納得させて勇気づけるには、自分で作り出した言葉で自分自身を納得させることが一番重要なんだろうと思います。
 
 【創立100年へ新たな試み】 大東文化大 門脇廣文 学長 
 大東文化大はあと4年で創立100周年を迎える大学です。漢学の振興、中国の古典学を振興しようとつくられ、その後、スポーツの大東、書道の大東で知られてきました。建学の精神の中に「伝統の文化を尊重しましょう」とあります。同時に「新しい文化を創りましょう」とあり、二つのコンセプトがあります。最近、新しい大東文化大をつくろうと、新しい試みを始め、文部科学省からも高い評価をいただいています。(現実の人物や物体の動きをデジタル的に記録する技術の)モーションキャプチャーをつけて、書道をしている人がどのような動きをするのかを見て、教育に生かしていく試みです。為末さんの著書を見ると、もしかしたら中国の古典をご存じじゃないかなと思います。そういう話がたくさん出てきますから。今日はどういう話になるのか分かりませんが、最後まで楽しんでいただけたらと思います。
 
 ◇為末大(ためすえ・だい) 1978年、広島県生まれ。法政大卒。元陸上競技選手。世界陸上選手権の男子400メートルハードルで銅メダルを2度獲得。五輪ではシドニー、アテネ、北京の3大会に連続出場した。株式会社Deportare Partners代表。新豊洲Brilliaランニングスタジアム館長。
 
 ◇門脇廣文(かどわき・ひろふみ) 1950年、兵庫県生まれ。慶応義塾大卒。同大大学院修士課程修了。大東文化大学長で、同大文学部中国文学科教授。
 
 ◇佐藤真太郎(さとう・しんたろう) 1980年、埼玉県生まれ。早稲田大卒。筑波大大学院を修了し、大東文化大スポーツ・健康科学部准教授。同大陸上部男女短距離ブロック監督。日本オリンピック委員会強化委員(コーチング)。元陸上短距離選手で、ソチ五輪ではボブスレーに日本代表として出場した。
 
 主催=大東文化大学、活字文化推進会議
 主管=読売新聞社

 大東文化大学のHPでも詳細ご覧になれます。こちらから

 

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