「戦争と国際社会を考える」活字文化公開講座@二松学舎大学…完全版

ロシアによるウクライナ侵略、私たちに何を突きつけているのか

 「戦争と国際社会を考える」をテーマにした活字文化公開講座が11月11日、二松学舎大学(東京都千代田区)で開かれた。大学が活字文化推進会議と主催し、読売新聞社が主管した。ロシアによるウクライナ侵略は、同時代を生きる私たちに何を突きつけているのか。軍事・国際問題の専門家が掘り下げた。(文中敬称略)

 

講演…東京大学 先端科学技術研究センター准教授・小泉悠

小泉悠(こいずみ・ゆう)専門はロシア軍事、安全保障論。早稲田大学社会科学部卒、同大学院政治学研究科修了。民間企業勤務、外務省専門分析員などを経て、2023年12月から現職。著書に「ウクライナ戦争」(筑摩書房)など。41歳

 2022年2月、ウクライナで戦争が始まりました。日本の1・6倍ほどある欧州最大級の国土にロシア軍が攻め込み、いまも国土の約18%をロシアが占領したままです。約1000キロ・メートルの戦線を挟んで、互いに数十万人の軍隊を投入。ロシア軍はピーク時には毎日6万発も大砲を撃ち続けました。「21世紀の巨大戦争の一つ」と記憶されるのは間違いないでしょう。この戦争をどう歴史化するか。私たちはその最前線に立っています。

 

「書くこと」で情勢を理解している

 私の専門はロシアの政治・安全保障、一番正直に言うと、ロシアの軍事です。地味にロシア軍の新聞などを読み、高級軍人たちが何を考えているかを研究しています。ウラジーミル・プーチンという政治家が、なぜこんな巨大戦争を始めたのか。地味な研究分野が突然注目を集めてしまい、私は主にしゃべる形でメディアの取材を受けてきました。

 

 ただ、しゃべるためには書かなくてはならない。「書く」行為は「考える」ことと表裏一体だと感じます。書かないと考えられないし、考えないと書けない。考える材料として調べる。「書く」という行為を通じて頭の中にデータが入り、考えが整理され、今の情勢に追いつく。今回の戦争で、私はかつてないほど書いています。

 

 「何を信じていいかわからない」という声をよく聞きます。実際、ロシアは正確なことを言わないし、ウクライナもプロパガンダを流していて、超大国・米国の言うことも素直に信じるわけにはいきません。私は「みんな真実の一部しか言っていない。場合によっては大うそをついている」という前提で、「当事者全員の言うことを聞いてみる」ことをお勧めしています。そうすれば、発言の変化や真偽が、感触として分かってきます。

 

 自分の考えをまとめるためにも書くといい。インターネットの発達で情報はどんどん入ってくるし、機械翻訳が充実し、言語の壁も薄くなりました。自身の考えを発表することが歴史上、最も簡単な時代です。

 

 反面、最近は生成AI(人工知能)が「書く」行為をやってくれてしまいます。これから5~10年のうちに「AIが書いたものをAIが収集、分析する」という矛盾した世界が現れる気がします。そういうAIのマッチポンプのような世界になったとき、「人間が読んで書いて考える」という営みが、もう一度意味を持ってくると思います。

 

小泉氏@トークセッション…ロシアの侵略は政治的妥結困難、ウクライナ側も独立性譲れず

 なぜ、今回の戦争が起こったのか。ロシアのプーチン大統領の発言やロシア社会で支持されている言説をみると、究極的には冷戦の終わり方が気に入らなかったということにつきます。

 

 1989年、ソ連と米国は「このまま続けると人類が滅びてしまう」ということで、冷戦をやめました。ソ連側は負けたなんて全然思わず、むしろ人類的な偉業を成し遂げたつもりでいた。それなのに、2年後に崩壊して、経済はめちゃくちゃになり、社会システムが機能せずに治安も悪化した。2200万平方キロ・メートルあった領土のうち、ロシアになったのは1700万平方キロ・メートルで、残りはバラバラに独立。「兄弟民族」だと思っていたウクライナとベラルーシも別の国になりました。ロシア側から見ると、屈辱的で、戦略的にも許せない結果です。

 

 ロシア人には、プーチンのおかげで、国も生活も全体的にまともになったという感覚があります。彼らの目には、プーチンが「我々を救った指導者」と見えている。だから、むちゃな戦争を続けられてしまう。

ロシア軍のミサイル攻撃を受け、がれきが散乱する首都キーウのショッピングセンター(2022年6月、三浦邦彦撮影)

 

 戦争の終わり方は、目的が達成されたかどうかによって決まります。この戦争を始めたとき、プーチンは三つの目標を掲げました。ウクライナの「非ナチス化」「中立化」「ある程度の非武装化」です。プーチンはゼレンスキー大統領を「ナチス」と呼んでいますので、非ナチス化とはゼレンスキー政権退陣を意味します。さらに中立化して軍隊を持つなというのですから、事実上ロシアの属国になれということですね。そんな目的がプーチンにあるとしたら、今ぐらいの成果で矛を収めることはないでしょう。「あと2年でも3年でもやる」と言うはずです。

 

 ウクライナ側からみると、停戦や停戦のための妥協をしたら、かなりの程度まで自国の独立性をロシアに譲り渡すことになる可能性が高い。なかなか譲れる条件ではありません。

 

 この戦争が政治的に妥結する可能性は非常に低く、軍事的に勝負をつけるしかない。ロシア軍がキーウを占拠してウクライナ政府を倒すか、ウクライナ軍がモスクワまで進撃してクレムリン宮殿を占拠するか。ただ、ウクライナがロシアという国家を軍事的に崩壊させることは考えられない。ロシア優位な状況を、何とか真ん中ぐらいに引き戻して終わらせなければならないが、とても難しい。相当な時間がかかるでしょう。

講演…元国際司法裁判所所長 二松学舎大学名誉博士・小和田恒

小和田恒(おわだ・ひさし)東京大学卒。1955年に外務省入省。条約局長、事務次官などを歴任し、93年退官。東大、米ハーバード大などでも教べんを執った。退官後、国連大使、日本国際問題研究所理事長、早稲田大学教授などを歴任。2003年に国際司法裁判所裁判官に選任され、09~12年同裁判所所長、18年辞職。91歳

 「歴史に学ぶ」とはどういうことかを考えるうえで重要なのは、歴史とは何かという問題です。私たちは歴史は過去の事実だからすべてそのまま起こったことだと思いがちですが、「歴史的事実」と「記録された歴史」とは同じではありません。「記録された歴史」は、誰が、いつ、どういう背景のもとにこの記録を作ったのかを考えることが重要です。「記録された歴史」の社会的背景は、記録の内容を支配するからです。

 

歴史は「教訓と流れ」をともに理解すること

 歴史とは「人間社会が何をやってきたか」という社会現象の記録です。社会現象にも自然現象と同様、因果関係が働くことは事実です。しかし、起こるべくして起こる自然現象とそこに人間が介在する社会現象との間には大きな違いがあります。社会現象としての歴史を考えるときには、因果関係に基づく必然性(新旧大国間の対抗は必ず戦争に行き着くとする「ツキジデスの罠(わな)」)がある場合とそれが存在せず偶然性(些細(ささい)なことが歴史を大きく変えるとする「クレオパトラの鼻」)が支配する場合とでは、基本的に異なることを理解する必要があるのです。

 

 例えば、ロシアのウクライナ侵攻についても、北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大という必然的要素とロシアの指導者プーチンの個性という偶然的要素とが絡み合っています。また、1989年の冷戦の終焉(しゅうえん)についても、冷戦下で必然的に進行していた国際社会のグローバル化にソ連の社会体制が対応できなかったという必然的要素と、それに関わったレーガン(米)、ゴルバチョフとエリツィン(ソ連)という個人の性格という偶然的要素の絡み合った結果であり、冷戦終結が単純に「資本主義対社会主義」という戦いに前者が最終的勝利を収めたという考え方(フランシス・フクヤマの「歴史の終わり」)は、正しく歴史に学ぶことではないと思います。また、今日の米中間の対立についても、異なった国際秩序を目指した米ソの対立を背景とする冷戦構造と利害の対立を背景とする米中対立とは基本的に異なると私は考えます。

 

 つまり、必然性を背景とした過去の経験としての歴史的事実(歴史の教訓)と、「社会現象としての歴史」が人間の英知の結晶であるという意味での歴史的進化(歴史の流れ)とを理解することが重要なのです。

 
国際問題専門家のトークセッション

 公開講座では、小和田氏と小泉氏の講演に続き、3人の国際問題専門家を加えたトークセッションが行われた。加わった専門家は下記の通り。◇合六強(国際政治経済学部准教授)=進行役◇手賀裕輔(国際政治経済学部教授)◇阿部和美(国際政治経済学部講師)

(左)ごうろく・つよし EUSI(EU Studies Institute in Tokyo)研究員(ウクライナ滞在)などを経て現職。専門は、国際政治学、米欧関係史、ヨーロッパ安全保障(中央)てが・ゆうすけ カリフォルニア大学バークレー校東アジア研究所客員研究員などを経て現職。専門は米国外交、ベトナム戦争史(右)あべ・かずみ インドネシア国立ガジャマダ大学研究員などを経て現職。専門は、国際協力論、平和構築論、東南アジア研究

 

 合六 日々、戦争の悲惨な状況が目に入ってくる現在の国際政治状況を、どう見ますか。

 

手賀「アメリカ、大国間競争の時代に直面」

 手賀 米国は「第3の時代」に直面していると、バイデン政権の安全保障担当補佐官が分析しています。第1がソ連との冷戦時代で、第2は米国が唯一の超大国だったポスト冷戦時代、今は大国間競争の時代、中国やロシアと競争しなければならない第3の時代だと。それを象徴的に示したのが、ロシアによるウクライナ侵略だと考えます。

 阿部 東南アジアは、冷戦終了やウクライナ攻撃のインパクトを欧米諸国とあまり共有していないと感じます。東南アジアには「象と雑草」という話があります。2頭の象が仲良くしてもけんかをしても、足元の雑草は踏みつぶされる。象が米中露のような大国、雑草が東南アジア諸国です。大国間の関係がどうであっても常に緊張感を持っている。そのため、それぞれの国が大国とバランスをとった外交を展開し、狡猾(こうかつ)にうまみを引き出しています。

 

合六「楽観論のヨーロッパで火を噴いた」

 合六 「小国のリアリズム」でしょうね。欧州はというと、冷戦終結後の約30年間、比較的安定していました。大国間の戦争なんて起こらないだろうという楽観論があった。しかし、火を噴いたのは欧州でした。

 小泉 ポスト冷戦時代の楽観は、やはり楽観だったことが分かりました。第1次世界大戦、第2次世界大戦では数千万人の死者が出ています。人類はやはり、歴史の教科書に出てくるようなひどいことを、やる時はやってしまう。

 

国連の存在意義とは?

 合六 国連に存在意義はあるのでしょうか。これは高校生から寄せられた質問です。

 手賀 国連は、安全保障理事会の常任理事国が拒否権を使うたびに「まひしている」と批判を浴び続けています。ただ、国連では、米国も1票なら、どんな小国も1票。主権国家の平等が象徴的に示されている場があること自体が重要でしょう。

 阿部 人権という守るべき共通する価値があるのは大きい。各国のリーダーも存在に意味を感じているから、国連解散という話が出てこないのです。

 小和田 国連は安保理だけで機能している組織ではありません。「平和のための結集」決議に基づく総会の役割や総会決議で示される国際社会のコンセンサスに依拠する国連事務総長の権限(国連憲章98、99条)を最大限に行使することは、国連の重要な役割です。今回のウクライナ紛争も、その意味で本来国連が果たすべき役割を十分に果たしているとは言えないと、私は考えています。

 

阿部「私は関係ない、と絶対に思わないで」

 合六 最後に、日本の進むべき方向について。

 小泉 戦争を起こさず、巻き込まれないためにどうするかを、我々自身が考えなければいけません。

 手賀 第2次世界大戦後の日本外交は、基本的に成功でした。米国と同盟を結び、経済発展にまい進し、国際秩序から大きな利益を得てきました。その悪い面として、世界で起きていることが他人ごとになっていた。今後は「自分たちは何もしなくても」という考え方ではいけません。

 阿部 東南アジアでは、日本の存在感がどんどん低下しています。日本の若者たちはもっと海外のことを勉強して外に出て行かないと日本は忘れられてしまいます。「私は関係ない」とは絶対に思わないでほしい。

二松学舎大学活字文化公開講座の会場

高校生たちの感想

 聴講した市川学園市川高校(千葉県)の1年生たちが、公開講座の感想を語った。

 安達寿美さん「自律的秩序だけでは世界の平和が保たれない時、どうすればいいのか。相対する各国の国益に折り合いをつけるためには、すべての関係者がお互いの価値観を理解する必要があると感じた」

 増澤孝太さん「歴史には、必然と偶然の二つの側面があると知った。戦争はもちろん、どんな歴史にも人間が介在しており、誰かの意思が必ず関わっているという話が印象的だった」

 吉川楓さん「平和を実現するのはとても難しいことだけれども、それぞれの国が意見と知恵を出しあって、少しでもいい方向に進むようにしたい。『戦争は他人事』とは思わず、『私たちも世界の住民』という意識を持ちたい」

 宇津宮奈々絵さん「部活動でも、部員みんなの意見をまとめることは難しい。国益をかけた国家間ではなおさらだが、民主的に人命を第一に考え、合意点を見出してほしい」

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