共立女子大学 活字文化特別セミナー/林真理子さん、
岡田ひろみさん

「古典へのアプローチ~読書は楽しい」をテーマに、活字文化特別セミナーが10月31日、東京・千代田区の共立女子大共立講堂で開かれた。雑誌に六条御息所を語り手とした新しい『源氏物語』を連載中の作家、林真理子さんが、基調講演で執筆のきっかけや秘話などを披露し、約2000人の聴衆を魅了した。続いて、共立女子大文芸学部准教授の岡田ひろみさんと、古典の魅力について語り合い、おすすめの本も紹介した。

〜基調講演〜 林真理子さん
「だれも教えてくれなかった『源氏物語』本当の面白さ」

恋模様より感情慈しむ

今、雑誌「和楽」に『源氏』をテーマにした物語を書いております。編集者からお話をいただいたのはおととしのことで、「来年は千年紀なのでぜひ」と。
 
 ご存じのように『源氏物語』は、谷崎潤一郎、円地文子、与謝野晶子など歴史に名を残す文豪が、功成し遂げて最後の大仕事としてやるものです。現代でも田辺聖子先生、瀬戸内寂聴先生などがお書きになっています。
ですから「めっそうもない」と申し上げましたら、「絵の方は千住博先生にご快諾をいただいている」と言われまして。千住先生は日本画の第一人者。おまけにまだ若くて端正なイケメン。かねて憧れていた方でしたので、「やらせていただきます」と言ってしまいました(笑)。

御息所の視点面白いWEB林真理子3.jpg

『源氏』のエッセンスをうまく注入して、現代の方に面白く読んでもらえる物語にするにはどうしたらいいだろうかといろいろ考えました。その結果、主人公をどうするかということに行き着きました。

 光源氏が「私」という一人称で語って行くと、近代的な知性と自我が入ってしまいます。源氏は「あなたのことが好きです」と言った次の次の日くらいには別の人に「あなたなしではいられない」と言うような人です。現代人の物差しでそういう行動を解説しなければなりませんが、それは無理です。

 一番インパクトがあって面白い女性って誰だろう。その人に源氏ってどういう男だったか語らせてみてはと思ったのです。それはまごうことなく六条御息所なんですね。生き霊になり、女の人にとりついて殺してしまうくらい強い女です。あの世にいっても浮かばれることなく、??冥界?めい?かい?にとどまりながら、過去、今、未来の源氏を語っていくという形を取りました。御息所の視点でいろいろな女性を見てみると非常に面白いんですね。

現代とは違う心理

『源氏』を書き始めるに当たり、毎朝、源氏の音読を自分に課しました。音読が源氏には一番適しています。でも、つっかえつっかえで、前に進まない。そこで源氏を朗読すれば日本一という幸田弘子さんのカセットを聴いてもおります。日本の古典の流れるような言葉の響きの美しさ、本当に素晴らしいです。

 思い切って自分の仮説も取り込んでいます。例えば葵の上の最期。本当に勝手な解釈なんですが、葵の上が死んだ後に、御息所がその死骸に乗り移り、源氏と仲むつまじく話をする。すると源氏は「なんて愛らしいのだろう。かわいくてあどけなくて、今までと全然違う。なんていい妻なんだろう」と思う。「元気になって仲良く暮らしましょう」と言うと、ねとーっと笑って「本当にありがとうございます」と答える。乗り移った御息所が言っているわけで、この回が一番怖かったといろいろな方から言われました。

 「心理や恋の駆け引きが現代と変わっていない。そこが源氏の魅力だ」とおっしゃる方が多いのですが、ちょっと違うのではと思います。何人もの女性を同時に愛し、高貴な女性にはその使用人と男女の関係になって、女主人に会わせろと迫る。そういうことが許される世の中は現代とは違います。嫉妬(しっと)とか嘆きとかは今と変わりませんが、男女が結ばれる心理は、大部違います。

 ですから、恋模様を楽しむのではなく、美しいシーンを声に出して読んで、奥に秘められている当時の感情とか風俗を慈しむのが源氏の味わい方ではと思います。

〜対談〜 林真理子さん&岡田ひろみさん
「古典へのアプローチ 〜読書は楽しい」

古典文学の魅力 永遠

林  「更級」読むと母連想する
岡田「落窪」夜寝ずに読んだ

【岡田】 林さんの『六条御息所 源氏がたり』は、御息所に視点を置いたことで、登場する女性たちの細かいところまで描かれています。ただ御息所にとって、源氏と女性たちのすべてを知るというつらさは、大変なことでしょうね。

【林】 「ここまで知っていたはずはないんだけれど」ということも含め、過去も現在も全部見えているという設定です。

WEB岡田.jpg【岡田】 御息所が亡くなって何年くらいというイメージで書かれているのですか。

【林】もうじき源氏もこちらに来るという時期です。当時、女性が三途の川を渡るときは、初めての男性が待っていて、おぶって渡してくれるという考えがありました。男性の場合は、何人かの女性が迎えに来るわけでしょう。源氏は、たくさんの女の中から誰を選ぶんだろうか。ここが最後、一番力を入れて書かなければならないと思っています。

【岡田】 そこで最終的な源氏の選択があるとお考えになるわけですね。

【林】 そうですね。最後のシーンは困りますね。
 ところで、『紫式部日記』はあまり読まれていませんね。「作家って経験したことをこんな風にデフォルメしながら書くんだ」と、興味深く読みましたが……。

【岡田】 同じ作者が文体や内容を変えて書いたものを比較する楽しさもあります。確かに『紫式部日記』はとっつきにくいところがあるかもしれません。

【林】 やはり小説と日記の差ですね。文体も硬いですから。私は岩波文庫で読んだので、訳がなくて、ものすごく大変でした。

【岡田】 現代語で先に読んでしまうと、そのイメージでしか言葉を見つめられなくなってしまいます。まず原文で読み、わからないところをチェックし、自分の中で疑問点を浮かび上がらせてから、現代語訳の本を読み比べたらいいと指導しています。

【林】 俵万智さんが、変体仮名で書かれた軸や手紙をすらすらと読めるので感心しましたら「大学で学びましたので」とお聞きしたことがあります。国文科を出た方はみなさん、読めるわけですね。

【岡田】 共立では必修ではないので、全員読めるというわけではありません。ただ、仮名文字は読めるようになってほしいと思います。古典には掛詞(かけことば)がいっぱい出てきますが、これは、仮名で書かれたものを漢字に置き換えて読むときの言葉遊びであり、表現です。言葉の広がりが平安時代に培われたんだということを古典を読んで体験してほしいですね。

web対談.jpg
【岡田】 おすすめの古典を紹介したいと思います。林さんからお願いします。

【林】 最初は『たけくらべ』。文章がとてもきれいです。ぜひ原典を声に出して読んでください。

【岡田】 私の一冊目は『竹取物語』。『源氏』の中で「物語のいできはじめの親」と尊敬を込めて書かれています。竹から生まれたかぐや姫が月に帰っていくというところは知られていても、実際に読んだ人はあまりいないのでは。最初の5人の貴公子の求婚譚の、ものすごくリアルなうそのつき方など、楽しいところがいっぱいあります。

【林】 怪異譚がうそかどうかは別にして、王朝時代から約800年経った江戸時代の上田秋成の『雨月物語』は、文章に技巧を凝らした怪談集。やはり面白い。大好きです。

【岡田】 『落窪物語』は学生時代、夜寝ないで読み切った最初の古典です。「源氏」がいかに面白くとも五十四帖もあって、一気に読むのは体力的に無理ですが、『落窪』はストーリー展開がものすごく早くて痛快、長さも源氏の7、8分の1ですから。

【林】 私は平安時代では『更級日記』。「后の位のいかばかりかは」というあの有名なシーン。灯の下で本を読んで、「この快感と喜びに比べたら、私は后になんかならなくてもいい」というところ。『本を読む女』に書きました私の母は、「一生本を読む人になりたい」と思い続けた文学少女。94歳の今も短歌を詠んでいます。『更級日記』を読むと母のことを思い出します。

【岡田】 平安の日記の中で挙げたいのは『和泉式部日記』。短いですが、有名な和泉式部と敦道親王の身分差のある恋が、2人の和歌を交えて見事に描かれているので、おすすめです。

【林】 『源氏』と並んで有名な『枕草子』は、昔ある方が「清少納言って今で言えば林真理子だね」と書かれたことがあります。すごくうれしくて、私にとって特別な本になりました。

【岡田】 平安時代は物語と和歌の時代で、多くの和歌を知っていることが必須の教養でした。その点で『古今和歌集』は、古典のバイブルと言えます。もちろんこれ自体面白いのですが、古典が好きな方は読んでおくと、違う目で物語が読めるのではないかと思います。
    ◆
【林】仏文学者の鹿島茂さんがおっしゃるには、今、仏文や英文学をやろうという学生がすごく減っているそうですね。かつてはこの専攻に多かった女性が、経済に行って、外資のディーラーをやろうとか、銀行に入ろうとか、実務的な学部を選んでしまうとか。日本の古典の研究はどうなるのか心配です。古典は奥が深く、その魅力は永遠だと思うのですが・・・。

【岡田】 文学を専攻しても、現代文学に集中し、古典を敬遠てしまうところがあります。古典の面白さを知る前に卒業してしまう。それを知らせるのが私たちの役目だと思っています。その糸口として林さんの『源氏がたり』には古典離れのストッパー役を期待しています。

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共立女子学園学園長・理事長 石橋義夫さん

「伝統ある講堂 今も元気」

W石橋.jpg 共立女子学園は1886年に34人の先覚者によって創立され、来年には創立125年を迎えます。
 神保町のみなさまとともに発展してきた学園で、今年もこのような形で「神保町ブックフェスティバル」に協力できることをうれしく思います。
 
 共立講堂は、外部の方に貸し出しすることはできない状況ですが、音響設備を一新、内部や外壁も整え、意義ある催しの公開という形で活用し、伝統ある講堂が今も元気であることを発信しています。
 
 学園はここ数年間、環境整備と、教育・研究の改革を進めてきました。今後も地域に役立つ活動をさらに充実させていきます。

◇作家 林真理子さん(はやし・まりこ) 山梨県出身。86年『最終便に間に合えば』『京都まで』で直木賞受賞。88年『みんなの秘密』で吉川英治文学賞、95年『白蓮れんれん』で柴田錬三郎賞に輝いた。直木賞、吉川英治文学賞の選考委員。活字文化推進会議の推進委員も務めている。
◇共立女子大准教授 岡田ひろみさん(おかだ・ひろみ) 奈良県出身。2003年共立女子大学文芸学部講師、07年から現職。研究テーマは源氏物語を中心とする平安時代の物語文学。論文に『明石一族の皇位継承権獲得の表現』など。

主催 共立女子大学、活字文化推進会議、文字・活字文化推進機構
 主管 読売新聞社
 協力 千代田区読書振興センター
 

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