「ピアニストを読め!」

西南学院大学 読書教養講座 一般公開授業

基調講演

小説と音楽、創作で共鳴 物語に触発、曲作り

20060701a_01.jpg【北垣】 山下さんは九州とはとてもつながりが深いんですね。

【山下】 ええ。私の生まれは東京なんですが、父親の仕事の関係で小学校時代は福岡県の田川市に住んだこともあります。そこで習ったバイオリンの伊藤光先生が後に田川ジュニアオーケストラを主宰されるんですね。

【北垣】 ピアノを弾くようになったのも、そのころのことですか。

【山下】 ピアノはその前からいたずら弾きが得意だったんですが、ちゃんと譜面を勉強しないので、母親が困ってバイオリンを持ってきたんです(笑)。小学校3年から中学校ごろまでやりましたね。ピアノでは相変わらず『たんたんタヌキ』や『ネコ踏んじゃった』を喜んで弾いていましたね。それがジャズの始まりかも知れません。

20060701a_02.jpg【北垣】 演奏活動のほかにも、たくさんの本を執筆されている山下さんに、今日は音と活字のかかわりについて、お話をうかがいたいと思います。鹿児島を舞台にした小説『ドバラダ門』を、とても興味深く読みました。山下さんのおじいさまである山下啓次郎さんの足跡を丹念にたどっておられる作品です。

【山下】 私としては相当、力を入れた作品です。書いたきっかけは、鹿児島に演奏に行くとき母親から、「それならおじいさんが設計した鹿児島刑務所を見てきなさい」と言われたことです。私の曽祖父は山下房親というんですが、西郷隆盛とも親交がありました。西南戦争では敵方の警視隊で従軍したのですが、その子の啓次郎が監獄ばかり設計する遠因はこのへんからなんですね。

【北垣】 啓次郎は監獄を設計するためにフィラデルフィア、ベルリン、パリなどを視察していますが、山下さん自身もその跡を忠実に追っています。そして鹿児島刑務所は、歴史的にも意味のある建物なのに、取り壊されることになりますね。

20060701a_03.jpg【山下】 取り壊し反対運動に加わって陳情もしましたが、行政が一度決めたことを覆すって大変なんですね。門だけは残りましたが。それで腹いせに地元の人たちや学生と協力してゲリラ的に刑務所前で演奏を行いました。500人の人が集まりましたよ。

【北垣】 とてもおもしろかったところは、薩摩のスイカ売りの話です。薩英戦争の時に『ウオーターメロンマン』というスイカの売り声を、イギリス人軍曹が採譜したという話です。それがアメリカに渡り、巡り巡って、あのハービー・ハンコックのヒット曲に至るという。

【山下】 あ、そうですか。もともとこの作品はほとんどノンフィクションなんですが、実はあの部分はフィクションなんですよ。

【北垣】 えっ、軍曹の日記には典拠も付いていたし、私は本物だと思ってました。

【山下】 資料もでっちあげです。学者さんはだまされやすいのかな(笑)。でも、作家としてはそういってもらえることはうれしいですね。

20060701a_04.jpg【北垣】 奥泉光の『鳥類学者のファンタジア』では、小説に触発されて、山下さんみずから曲を作られていますね。主人公・希梨子が祖母の亡霊に誘われてナチス政権下のドイツへ行き、『オルフェウスの音階』を発見するというストーリーで、天体と音楽が数学的秩序で結ばれるといった壮大なテーマが描かれています。小説中に『フィボナッチ数列』による音楽が出てきます。この数列は、1、1、2、3、5、8、13……というように、前2項を足して次の項が導かれるものですが、花びらの数か木の枝の数など、自然界にも見られる数列です。

【山下】 ええ。これも私にとってはとてもおもしろい体験でした。小説で『フィボナッチ数列』による音楽といったようなものが登場すると、演奏家としては、小説家から問題を突き付けられたような感じがして『これはぜひやってみなくちゃ』という気になるんです。音楽のディテールもいろいろ、書き込まれているし。それで『フォギーズ・ムード』という曲を作って、作者の奥泉さんに送りつけたのです。

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演奏、現場に聴き手設定

【北垣】 ジャズ批評についても少し、おうかがいしたいと思います。アメリカの日本文化研究者マイク・モラスキーが『戦後日本のジャズ文化』で、ジャズ批評家の相倉久人さんに、それから山下さんにもインタビューしています。それで、山下さんが相倉さんについて『師匠』と言っていることについて、モラスキーは驚いています。アメリカで演奏家が批評家を師匠とみなすことは、あり得ないことだと……。

【山下】 そうなんですが、私と相倉さんの間にはそれが起きたと彼に伝えました。本当に多くのことを学びましたよ。やがて、我々が何か発見したと認めたのか、相倉さんはその時期にジャズ界から一度離れますね。いつも一緒にドラマを作っている気持ちです。

20060701a_06.jpg【北垣】 誰に向けて演奏するとお考えでしょうか。批評家に向けて演奏するとか、奥泉光の小説では『柱の陰の聴き手』という、目の前にいない聴き手を想定する話が出てきたりしますが。

【山下】 演奏するときいつも思っていますが、現場のどこかに聴き手を設定しているんでしょうね。3階席の一番後ろの客にずどんと届くような音を出そうと思うのもいいですし、一番辛らつな聴き手としての自分をどこかにおくのもよい。誰か具体的な人に届けるわけです。そうやってその場で何かをつくり出すのがジャズという音楽だと思います。その結果、ジャズは、その場に居合わせた人の身体を巻き込んだ行為にもなっていくのではないでしょうか。

読書教養講座コーディネーター 新谷秀明教授の談

西南学院は今年90周年を迎えました。学術文化、教育研究の分野で情報の集積・発信機能を担う大学として地域社会、国際社会に貢献したいと考えています。

読書教養講座「快読!怪読!」は、楽しさと好奇心にあふれた読書の楽しみを知ってもらおうという趣旨でスタートして2年目ですが、昨年に比べて聴講生は大幅に増え、改めて活字にふれる喜びを感じています。

(2007/07/01)

山下洋輔(やました・ようすけ)
1969年、山下洋輔トリオを結成、フリー・フォームのエネルギッシュな演奏でジャズ界に大きな衝撃を与える。その後、和太鼓やオーケストラとの共演など活動の幅を広げる。
88年山下洋輔ニューヨーク・トリオを結成。国内のみならず世界各国で演奏活動を展開。世界中のジャズ・ファンから圧倒的な支持を受ける、日本の誇るナンバーワン・ジャズ・ピアニストの一人。
98年度の芸術選奨文部大臣賞(大衆芸能部門)を受賞。03年の春の褒章で紫綬褒章受章。多数の著書を持つエッセイストとしても知られる。「つきよのおんがくかい」などの絵本もある。
北垣徹(きたがき・とおる)
西南学院大学文学部助教授 1967年兵庫県生まれ。京都大学卒。同大人文科学研究所をへて02年から西南学院大学へ。
専攻は社会思想史。「連帯の新たなる哲学 福祉国家再考」(ピエール・ロザンヴァロン著)の訳者。
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