紀伊國屋書店厚別店 店長 依田珠枝さん推薦!  
『安土往還記』(辻邦生 著) 新潮文庫

 これは織田信長という人物を宣教師団と共に日本に訪れた船員の視点から描いた物語である。第三者それも織田軍団ではない一人の異邦人の視点から、信長とその周囲の人物たちの想いと行動が淡々と語られていくビブリオバトルのだが、不思議と彼らの存在を鮮明にとらえることができる。冒頭にて語られているが、この本が南仏で発見された書簡を日本語訳した、という設定になっているのも真実味を持たせるのに一役かっているのだと思う。

 作中の信長は「理にかなうこと、事を成すこと」を掟として自らに課し行動する。事を成すゆえに非道を行う一方で驚くほどの慈悲深さを見せる信長の姿は、戦国という世の日本社会では受け入れがたいものであり、彼の寂しさや孤独を一層感じさせる。その行動が異国に宣教に訪れた西洋人の理念とリンクし、彼らと信長との交流を読むほどにその先にある別れに胸を衝かれる。本作に引込まれた分、読後に感じた喪失感たるや…これは是非お読み頂き感じて頂きたいところである。


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