九州大学公開フォーラム「何のために学び、何のために伝えるのか〜今求められる学びのちから」

有川節夫・九州大学長あいさつ

問題解決に貢献できる人材育成

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 2011年に九州帝国大学の創設から100周年を迎えました。先人たちが築いてきた伝統を基盤に、新たな100年に向けた基本理念と目指す姿を掲げ、「九大百年、躍進百大」(どの分野でも世界のトップ100大学に躍進する)をモットーにその実現へ向け行動してまいります。
 同年10月には、教養教育を抜本的に改革するため、基幹教育院を設置しました。基幹教育では、自ら問題意識を持って学び続ける「アクティブ・ラーナー」の育成を重視しています。専門教育を学ぶ前に、様々な選択肢に出会うための学びの機会をつくり、幅広い知識や視野を育て、「学び方」「考え方」を学ぶための姿勢と態度を習得させます。
 九州大は、グローバル化する社会において、リーダーシップを発揮し、さまざまな領域での問題解決に貢献できる人材の育成に取り組んでまいります。
 九州大が〈学びの力〉を重視する教育に取り組むなか、本日、〈学び、伝える〉ことを一緒に考える機会を設けられたことは大変意義深いことと考えております。

 〈21世紀プログラム〉
 九州大が2001年にスタートさせた独自の課程。4年制で、国際的人材の育成、徹底した教養教育を目標にしている。学生は学部の枠にとらわれずに講義を選択、専門的に学ぶ分野を決定する。1学年定員は26人。学生3、4人に教員1人がつく個人指導態勢をとる。

 

池上彰氏講演 

ルール創造する発想を 正解探し、日本教育の欠点

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 国の豊かさの指標として、GDP(国内総生産)がある。ブータンはGNH(国民総幸福)を使っている。東京工業大の講義で、「日本でGNHの数字を出すとすれば、どのような指標が考えられるか」というレポートを課した。「主観的なGNHを客観的な数字として表すことができるのか。設問自体がナンセンス」という答えを期待していたが、学生は懸命に正解を出そうとしていた。答えを探そうとするのが、日本の教育の欠点の一つではないか。
 欧米はしたたかで、自国に都合が悪くなったら、仕組みから変えようとする。国際社会で、何かルールができたら、そのルールの中で頑張るのが日本だ。ルールをつくる発想がない。
 五輪のスキー・ジャンプがいい例だ。札幌五輪では金銀銅を日本選手が独占したが、世界はルールを変え、日本はメダルを取れなくなった。
 日本の大学の評価が低い大学ランキングも、外国人留学生比率、蔵書数、論文の引用数など、欧米の大学にとって都合のいい事項が指標になっている。その結果、米国や英国の大学が上位を独占している。日本ではランキングを見て、「頑張れ、頑張れ」と尻をたたいているが、ランキングをつくる国際会議には日本の大学関係者がほとんど参加していない。日本の大学が上位に来るような指標を並べることはできないのだろうか。
      
 昨年、アメリカのハーバード大、マサチューセッツ工科大、ヒラリー・クリントンの出身校、ウェルズリー大を訪れた。
 ハーバード大やウェルズリー大は、徹底的なリベラルアーツ教育をしている。リベラルアーツは専門知識ではなく、人間として持つべきさまざまな教養で、哲学、宗教、言語、科学も入る。
 ウェルズリー大で経済学を勉強する学生が「経営学はやらない」と言う。「どうしてだ」と聞いたら「経済学は社会に出ると、教養として役に立つが、経営学は役に立ち過ぎる」と言う。経営学は、卒業後、経営大学院へ行き、勉強すれば良いというわけだ。
 マサチューセッツ工科大でもあまり役に立たない学問を一生懸命教えている。「どうしてそんなことをするのか」と聞くと、大学の先生は「最先端の科学技術は5年間で陳腐化してしまう。最新の技術を学んでも、社会に出たら5年たったら、役に立たなくなる。それよりも最新の技術を吸収し、それを発展できる力を身に着けることが長い目で見れば役立つ」と説明する。
 かつて大学では最初の2年間、一般教養を学び、3年時から専門教育へ進んでいた。学生の希望もあって、専門性を重視するようになったが、いわゆる一般教育というのがなおざりにされ、「最近の学生はあまりに常識がなさすぎる」という批判も出ている。
 学生時代、ゼミの教授からは「全ての本は批判的に読め」と教えられた。「おかしいところがないか、自分で考えてみろ」ということが大学生の読書だというわけだ。
 米寿を過ぎ、急に体力が弱くなった父は寝たきりにもかかわらず、広辞苑第4版を読み続けていた。間もなく亡くなったが、学ぶことの楽しさを知ると、人は死ぬまで勉強し続けること、人間は勉強し続けている限り、死ぬまで成長し続けることができることを父から教わったような気がする。これからも自分の精神を成長させる本を見つけていきたい。
 

 ◇いけがみ・あきら 1950年生まれ。長野県出身。慶応大経済学部卒。73年、NHKに入社。94年から「週刊こどもニュース」出演、人気を集める。現在はフリージャーナリスト。2012年から東京工業大リベラルアーツセンター教授。

 

池上氏と九大生トークセッション

若者、本当に内向きか 学生のうちに失敗しよう 

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 内尾 アフリカのウガンダに興味がある。日本はウガンダにかなりの援助をしているが、日本にとって国際協力の意味は。
 池上 戦後の日本も国際援助を受けた。世界銀行から資金を借り、東名高速道路や東海道新幹線が造られた。東南アジア諸国も日本の援助で社会基盤を整備、今、爆発的な発展を遂げており、日本のマーケットになっている。アフリカも貿易輸出先になっていくと考えると、国際援助は意味がある。
 徳永 最近の若者は内向きと言われる。留学生数の減少だけで精神的にも内向きと言われているように思うが、どう考えるか。
 池上 確かに米国の大学への留学生数は減っているが、全体では減っていない。昔は米国の大学に行かないと勉強できなかったが、今は、日本でも十分勉強ができる。「最近の学生は内向き」という言葉をそのまま信じず、「本当か」と疑問に思うことが大切だ。
 鶴羽 21世紀プログラムはどの分野でも学べるが、かえって選択に悩むこともある。
 池上 日本の小、中学校は全国一律に学習指導要領で決められている。大学生になった途端、自由になると悩んでしまうが、悩み、迷うのが本来の大学生の姿。失敗が許される大学生のうちに、いっぱい失敗していたほうが良い。
 財前 日本に有利なように新しくルールを作れば、ほかの国にとって不利益になるのではないか。日本が作ったルールはどれだけ相手にされるだろうか。
 池上 英国は、自国のためになるということを悟らせないようにして、ルールを作る。日本も「世界の皆さんの役に立つ」という理論立てをすることが必要だ。
 吉永 自分の精神を成長させる本を探していきたいと話していたが、本を探す基準は。
 池上 人によって、自分を高めていくための本は違う。本屋に足を運び、背表紙を見ていくと、ピンとくるような本の題名や帯のせりふがある。良い本だと思ったら、その著者の本を片っ端から読み、そのジャンルの本に広げていく。そのために、大学の4年間は貴重な時間だ。
 米倉 自分の人生をどう学び、切り開いて行ったら良いのか。
 池上 何のために学び、何のために伝えるのか。自分はどこへ行こうとしているのか。学ぶことは結局、自分を知るためだ。人間は1人では生きられない社会的な生き物だ。自分が学んだことを人に伝えることによって、人々と一緒に成長していき、社会的な自分の存在意義を確認していく。自分がいかに知らないかということを知り、一つ新しいことを知ったということが喜びになる。社会に出てからの長い人生、自分を高めるための学び方を勉強してほしい。

◇参加学生=いずれも21世紀プログラム課程、敬称略=
 内尾晶子(1年)
 財前裕一(1年)
 吉永啓恵(1年)
 鶴羽愛里(2年)
 徳永昌子(2年)
 米倉美希(4年)
コーディネーター 淵田吉男・九州大教授
 

主催 九州大学、活字文化推進会議  主管 読売新聞社  後援 文部科学省、福岡県教育委員会、福岡市教育委員会、九州地区大学図書館協議会  運営 九州大学付属図書館
 

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