新読書スタイル 辻村深月さん×尾木直樹さん対談 「母子の対話 人育む」

 若い読者に支持されている作家の辻村深月さん、「尾木ママ」として知られる教育評論家尾木直樹さんのトークイベント「新読書スタイル~『母になる』ってどういうこと?」(活字文化推進会議主催、中央公論新社協賛)が3月24日、東京都新宿区の日本出版クラブ会館で開かれた。2人の子どもの母親である辻村さんは、親子の絆を追った本紙連載小説「青空と逃げる」(中央公論新社)が3月刊行されたばかり。孫がいる尾木さんとの間で、創作の舞台裏から、親子の対話の大切さ、いじめ問題への対応まで話が弾んだ。

 ――辻村さんにとって初めての新聞小説でした。テーマはどのように決めたのですか。
辻村 最初、親子の話をと言われましたが、ちょうど特別養子縁組の親子の話や、保育園児の子育ての話を書いたばかりだったので、家族小説は遠慮したいと伝え ました。すると、担当者から、対等に意思疎通ができるようになった子どもと親の関係を書いてほしいと言われました。ミステリー作家なので何か事件があった方がいいなと思い、事情があって東京で暮らせなくなった母と子が逃げる話になりました。
尾木 すごいなと思うのは、中学生や思春期の子の感性を的確にとらえているところ。中学や高校の教員をやっていたとき、クラスに辻村さんみたいな文学少女がいましたね。じっと黙っていて、休み時間は本を読んで静かに過ごしているタイプ。そういう少女が実は物事をよく考えていて観察もしている。
辻村 尾木さんのクラスにいたかった。(笑)
尾木 ご著書の中でいじめの問題にも触れられていますよね。いじめだと、体験をつづった日記なども出版され、授業で使っている学校もあります。辻村さんの作品を読むと、ものすごくリアリティーがある。描写力に圧倒されます。

 ≪逃げてもいい≫
 ――「青空と逃げる」の中にも、いじめがあり、主人公の男の子、力(ちから)が「東京に戻りたくない」といい、母親の早苗がある決断をします。
辻村 夏休みにまず、親子は高知の知り合いのところに身を寄せます。夏休みの間だけ逃げるつもりだったのが、力が学校でもつらい目に遭っていることを知り、早苗はもう少し逃げてみようと決断するシーンですね。決断をするときに早苗は胸を痛めます。書いていて私自身つらかった。
尾木 そうでしたか。
辻村 最近、不登校の子を扱った小説も書いているのですが、学校で過酷なことがあったときに、命を落としてしまう事態もあることが知られるようになり、つらければ逃げてもいいよという風潮が出てきました。だけど、子どもを逃がし、休ませたその先に、次にどうすればいいのかは誰も分からない状態。今日は尾木さんにそのあたりのことをぜひ伺いたかったんです。
尾木 例えばアメリカでは学校へ行かずに家庭で学ぶホームスクールが全州で認められ普及してきています。日本では学校に行かないことは良いイメージでは捉えられない風潮があるけれども、いじめは人間の尊厳を傷つける行為ですから、耐えられなくて当然。小説で母親が学校へ行かせなかったのは、子どもを守るという意味では正しい選択ですね。

 ≪子の声 心で受け止めて≫ 
 ――小説では、母と子が地域で様々な人と触れ合いつつ、対話が深まっていく場面が多数出てきます。
尾木 人々との関わりの中で学ぶ、これは学びの本質ですよ。対話は、人を豊かにするし、鍛えてくれます。学校に行かなくとも行き場はたくさんあります。数年前に鎌倉市の図書館が、学校へ行くのがつらい子は図書館においでよといった内容をツイッターで呼びかけ反響を呼びました。本があるだけでなく、くつろぎの場所だし、おしゃべりしてもいいよという図書館もある。出会いの場、ふれあいの場、学びの場です。
辻村 私は母親に子どもとなるべく対話をしてほしいなと思ったんです。子どもは親の言うことを聞いて当たり前だと思ってしまうから、多くの親はそこに甘えて、対話しないで子どもを押さえ込んでしまう。だけど、早苗は力の意見を聞こうと耳を傾けるし、親であっても自分が悪い時には謝る。自分自身、今6歳と2歳の育児中ですが、私自身の目標もそんなお母さんです。
尾木 講演会でお母さん方から「聞いているのに、うちの子は、ママ聞いてよと言って、エプロンを引っ張る」という声が上がる。それは耳で聞こえているだけで、心で受け止められていないんです。心で受け止めないと、子どもは「聴いてもらえている」と感じない。「聴いてもらえている」と感じる子は愛を感じます。愛されている子は他者に優しくなります。そういったことが、道徳教育で先生が教えるより、僕が言葉で語るよりも、辻村さんの作品には描かれています。
辻村 ありがとうございます。小説を書くときに「いじめ」という言葉を絶対に使わないと、子どもの物語を書くときには決めています。今回も、力が「オレ、外されている」とは言うのですが、「いじめられている」とは絶対言わせないと決めていました。
尾木 なぜですか。
辻村 「いじめ」と言ってしまうと、加害者の子たちは、個々でしている無視には肉体的な殴る蹴るが入っていないからいじめではないとか、「本人が笑っていたときもあったし、いじめではない」と思ってしまう。された側の子たちにしても、そんな単純な話にしないでほしいという気持ちもあります。小説家に出来ることってなんだろうと考えると、やはり容易な名付けをしないことではないかと。痛みの形は人それぞれ違うはず。一言で片づけるのではなく、何が起きたのか、複雑なことを複雑なまま描くのが小説です。小説家が物語の形にすることで、経験したことがない人もこんなふうに痛いのかもしれないと分かるかもしれません。
尾木 文部科学省のアドバイザーをやってもらいたいくらい鋭く正しい。僕もいじめの指導の時、「先生は『いじめ』という言葉を使わないでやってほしい」と言っていたんですよ。

 ≪互いに支える≫ 
辻村 子どもの小説を書いていると、なぜ小学生や中学生の気持ちが分かるのか、取材したのかと聞かれるのですが、答えはシンプルで、「私も昔、中学生だったから」です。今回は、母・早苗と子ども・力の二つの目線で書きました。両方の気持ちが今なら分かると思ったんです。
 ――「青空と逃げる」では最初、力は有無を言わさず連れて行かれますが、折々に自分の意思をのぞかせています。
辻村 力と早苗、両方の成長を描きたかったんです。子どもを支えるために、と頑張る早苗が、この子がいたから頑張れた、と、実は力に支えられていた。旅の中で、2人は互いに向き合えるようになっていったんだと感じます。大人になっても成長が止まることはないんですよね。
尾木 辻村さんの作品は先生の必読書だし、悩む子どもにもぜひ手にとってほしいな。分厚いけど、会話も多くテンポがいいから、すーっと読めるんじゃないかしら。下手な道徳の教科書より、はるかに豊かなものを教えてくれますね。(司会は本田佳子・教育ネットワーク事務局員)
 
 ≪「良い本」親が決めないで 共感力 父も問われる≫ 
 2人に親に読んでもらいたい本を挙げてもらった。
 「子どもの心にしっかり耳を傾けてあげて」と子どもとの対話を重視する尾木さんは、広島で長年、居場所のない子どもに手料理を作り続ける女性の話「あんた、ご飯食うたん?」(中本忠子著、カンゼン)と、人生のテーマに向き合う叔父とおいの物語「漫画 君たちはどう生きるか」(吉野源三郎原作、羽賀翔一漫画、マガジンハウス)を挙げた。辻村さんは、埼玉県川口市で2014年に17歳の少年が起こした殺人事件を取材した「誰もボクを見ていない」(山寺香著、ポプラ社)と、子どもと本音で議論する「答えのない道徳の問題 どう解く?」(山崎博司ほか著、ポプラ社)を薦めた。
 2人の子どもを育児中の辻村さん。メディアなどからの情報で不安になっていたが、「出産には得るものも多いことに初めて気づいた」と言い、妊娠、出産、育児の大変さを描いた「れもん、うむもん!」(はるな檸檬著、新潮社)や「パパは脳研究者」(池谷裕二著、クレヨンハウス)、「子どもが生まれても夫を憎まずにすむ方法」(ジャンシー・ダン著、太田出版)を紹介した。
 3人の孫がいる尾木さんは、赤ちゃんの目線で育児の様々について書かれた「私は赤ちゃん」(松田道雄著、岩波書店)と、「本物の学力・人間力がつく尾木ママ流自然教育論」(尾木直樹著、山と渓谷社)を挙げ、「2歳の子でもしっかりと意思を持っています。それに共感する能力は母親だけでなく、父親にも問われている」と話した。
 最後に辻村さんは「いい本とか悪い本とか親が決めつけないでほしい。どんな本でも、子どもがいいという本を信じて任せてほしい」と語り、尾木さんは「お母さんやお父さんは子どもたちと一緒に本を読んで」とメッセージを送った。
 
 ◆「青空と逃げる」◆ 
 深夜の交通事故をきっかけに、家族の日常が奪われる。母の早苗と息子の力は、家族の行方を追う男たちから逃れ、高知、兵庫、大分、宮城と転々とする。果たして家族は、再会できるのか。(2015年5月から16年5月まで本紙連載)
 
◇つじむら・みづき 1980年、山梨県生まれ。2004年、「冷たい校舎の時は止まる」(講談社)でメフィスト賞を受賞して文壇デビュー。11年、「ツナグ」(新潮社)で吉川英治文学新人賞、12年、「鍵のない夢を見る」(文芸春秋)で直木賞。今月「かがみの孤城」(ポプラ社)で本屋大賞を受賞した。
 
◇おぎ・なおき 1947年、滋賀県生まれ。法政大学特任教授。臨床教育研究所「虹」所長。中高の国語教師を22年間務めた。「取り残される日本の教育」(講談社)、「尾木ママ小学一年生 子育て、学校のお悩み、ぜ~んぶ大丈夫!」(小学館)など著書多数。

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