第25回「優れたエンターテインメント小説の持つゲーム性」

対談 貴志 祐介さん & 有栖川 有栖さん

甲子園写真.jpg             貴志祐介さん(写真右)と有栖川有栖さん(写真左)は大の阪神ファン。
             甲子園球場で一緒に野球観戦したことも=安斉晃撮影

共通点

―お2人とも、1959年の大阪生まれで、大学は京都。卒業後はサラリーマンを経て、作家になるなど共通点が多いですね。

【有栖川】 確かに、同じ空気を吸って、同じ風景を見てきた。それに、読書傾向も似ているのではないかと想像します。同じようなエンターテインメント小説を読んで、10代を過ごしてきたのでは。

【貴志】 私も、有栖川さんの小説を読んでいてそう感じました。中学に入り、電車通学するようになって、最初に夢中になったのはミステリ。アガサ・クリスティから入って、エラリー・クイーンとか、ヴァン・ダインとか。

【有栖川】 当時、我々の世代では、SFから入る人も多かったですね。

【貴志】 SFもほとんど間を置かずにはまりました。こんなおもしろい小説があるのかと衝撃を受けたのが『73光年の妖怪』。

【有栖川】 フレドリック・ブラウンはミステリ好きとSF好きと両方を満足させる作家。アイデアストーリーに関しては、職人的なうまさです。

対談 貴志 有栖川.jpg【貴志】 他の生物に乗り移ることのできる知性体が73光年の彼方から飛来してくる。この妖怪と人類を救おうとする教授との知恵比べが、ゲームそのものです。

【有栖川】 貴志さんの最近の傑作につながる原点のような小説ですね。

【貴志】 そっくりそのまま真似(まね)したくなってしまうので、いかに似ないようにするかが大変(笑)。中学生のころから、ゲーム性のあるエンターテインメントが好きだったんですね。

お薦め

【有栖川】 第1回山田風太郎賞の受賞者である貴志さんは、おすすめ本の筆頭に『甲賀忍法帖』を挙げていますね。

【貴志】 読んだのは中学に入る前ぐらい。本棚とは別に、父親が押し入れの中に隠すように持っていたのが『甲賀忍法帖』。読んじゃいけない本を読んでいるような感覚もあって、おもしろさが倍増した(笑)。

【有栖川】 次から次にすごい忍法が登場する。これだけの忍法を使えるんだったら無敵じゃないかと思ったら、実は1か所だけ弱点がある。それを突く忍法もまた斬新だったりする。作中の人物も、先々まで計算し尽くして配置している。

【貴志】 やはり山田先生は天才ですね。伊賀と甲賀の戦いで、史実としては伊賀が勝つことはわかっているけれども、最後まで興がそがれず読み通せる。

【有栖川】 忍法がきっちり描けていて、全編が構築的ですから。『ジャッカルの日』は、私たちが中学生の頃にまず映画を見て……。

【貴志】 映画はよくできていたけど、原作のほうが一枚上かなという気がします。これもドゴールは暗殺されないことがわかっているのですが、最後の瞬間までハラハラさせられる。

【有栖川】 結末のわかっている小説を誰が読むのかと、編集者から疑問の声が上がって、なかなか本にならなかったのだとか。

【貴志】 見る目がない編集者ですね。フォーサイスでは、初期の三部作の『ジャッカルの日』、『オデッサ・ファイル』、『戦争の犬たち』が好きです。

―有栖川さんのおすすめの本は。

有栖川氏.jpg【有栖川】 エラリー・クイーンと鮎川哲也が私の二大師匠です。クイーンの小説には、途中で中断して、読者への挑戦が入る。そんな趣向は、小説として邪道だという人もいるようですが……。

【貴志】 1ページに満たないものですが、一種のお約束のようなもので、ファンはあれがないと物足りない。

【有栖川】 あれはフェアプレー宣言のようなものですから、律義に挑戦に応じる必要はありません。むしろボーッと読む方がいい(笑)。鮎川哲也の『黒いトランク』のほうはアリバイ崩し。ですから犯人は途中で目星がつくんですが、アリバイを崩す過程が、たまらない。

【貴志】 私も、犯人は誰かより、真相がどうだったのかに興味を惹(ひ)かれます。

【有栖川】 同感ですね。すべての登場人物を疑ってかかれば、誰が犯人でも意外ではありませんし。私が意外だと思うのは、そこにどういう手がかりがあったのかとか、どういう推理で犯人が追い詰められていったのかというところです。

話題作

―ところで、貴志さんには、話題作が相次ぎました。『悪の教典』では、高校が舞台となっています。

【貴志】 学校は昔から注目していた。性善説で成り立っているシステムですが、そこに悪魔のような存在が現れたとしたら……。いったん教室に入ってしまえば閉じた空間なので。

【有栖川】 そんな学校の中に、殺人鬼が教師として紛れ込むというのが設定。悪の魅力を体現したようなキャラクターの教師と高校生たちが壮絶なバトルを繰り返す。ゲーム的な激しい攻防が、嵐のような迫力で描かれる一方で、すごく慎重な手つきで巧妙な伏線が置かれている。本格ミステリとしても堪能しました。

―近著の『ダークゾーン』は将棋がテーマです。

【貴志】 天童市の人間将棋のように、人間を使った将棋を描きたかった。最終的には人間を化け物のように異形化させて、対決させましたが。将棋が趣味なので、楽しい仕事でした。

【有栖川】 戦いの部分はSFであり、ファンタジーでもあるんですね。

【貴志】 『リング』(鈴木光司)もゲーム的な小説の傑作。エンターテインメントにおいては、ゲーム的要素はストーリーをぐっと引き締めてくれるんです。

(司会は、活字文化推進会議事務局・下田陽)

撮影協力 阪神甲子園球場、ノボテル甲子園

貴志 有栖川おすすめ本.jpg

貴志作品の魅力

『ダークゾーン』 ゲーム性の中にドラマ

「寡作の作家」と言われる貴志祐介さん。昨年11月、『悪の教典』で第1回山田風太郎賞を受賞したのに続き、今年2月に出版された『ダークゾーン』が話題になっている。

貴志祐介氏.jpg 主人公は神宮大学3回生の塚田裕史(ひろし)。無明(むみょう)の闇の中、目覚めると「赤の王将(キング)」に姿を変えていた。舞台は、コンクリートの護岸に囲まれる通称“軍艦島”。異次元空間に浮かぶダークゾーンで、「一つ眼(キユクロプス)」「火蜥蜴(サラマンドラ)」など、異形と化した17体の仲間とともに、「青の王将(キング)」との七番勝負を開始する。取った相手の駒を味方の駒として使えたり、駒が昇格したり、ルールは将棋に似ている。

 小説は、そのような異世界パートと現実パートが交互に展開していく。現実世界では、塚田は将棋のプロ棋士養成機関である奨励会に属し、三段リーグに参加している。貴志さんは、奨励会員の生活を描いたNHKドラマ『煙が目にしみる』(1981年放映=脚本ジェームス三木)を見て、興味を抱き、構想を温めてきた。
 
 「四段に上がってプロになるか、年齢制限で夢が断たれるかというギリギリの対局を戦い抜くのが三段リーグ。ある面、高段者の勝負以上に厳しい」と話す貴志さんは、ゲーム性の中に、壮絶な人間ドラマも投影させている。プロ棋士を目指す人を題材とした本は他にも多く、『将棋の子』(大崎善生)、『盤上のアルファ』(塩田武士)などがある。

『悪の教典』 冷酷な主人公人気

『悪霊』、『悪徳の栄え』、『肉体の悪魔』などタイトルに「悪」のつく小説は多い。最近も、『悪人』(吉田修一)をはじめ、『悪貨』(島田雅彦)、『「悪」と戦う』(高橋源一郎)など「悪」の小説が相次いで出版された。

 『悪の教典』もその中の1冊。意外なのは、悪魔のような主人公、蓮実(はすみ)聖司(せいじ)が人気を呼んでいることだ。貴志さんは「ツイッターでも『ハスミン大好き』などという、蓮実を支持する書き込みが少なくない。いかに冷酷非情であっても、自己アピールにたけ、物事をどんどん切り開いていくタイプの人間は、ファンを作るんですね」と複雑な心境を明かす。「悪」のブームの到来を予感させられる。

◇作家 貴志祐介(きし・ゆうすけ) 1959年大阪府生まれ。京都大学経済学部卒。生命保険会社勤務をへて作家に。97年に『黒い家』で日本ホラー小説大賞、2005年に『硝子(ガラス)のハンマー』で日本推理作家協会賞、08年に『新世界より』で日本SF大賞を受賞。10年には『悪の教典』で第1回山田風太郎賞、「このミステリーがすごい!」、「週刊文春ミステリーベスト10」1位。近著には『ダークゾーン』。
◇作家 有栖川有栖(ありすがわ・ありす) 1959年大阪府生まれ。同志社大学法学部卒業後、書店勤務のかたわら、89年『月光ゲーム』でデビューし、新本格ミステリブームの一翼を担う。94年に書店を退職し専業作家に。2003年に『マレー鉄道の謎』で日本推理作家協会賞、08年『女王国の城』で本格ミステリ大賞を受賞。00年〜05年、本格ミステリ作家クラブ初代会長を務めた。 

 

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