第28回「読んでおかないと後悔する本」

対談 大津 秀一さん & 和田 裕美さん

終末期医療

―大津医師は、終末期医療の専門家として、1000人以上の患者さんの死を見届けてこられた。近年、がんの告知率の上昇などによって、終末期医療の重要性が増していると言われています。

掲載紙面 大津秀一.jpg【大津】 確かに15年ほど前から告知に関する考え方が大きく変わりました。現在は、きちんと事実を伝えるのが基本。告知した後に患者さんとどう向き合い、支えていくかが問われている。告知を希望されない患者さん、ご家族も一部にはいますが、結局は真実に気づき、時として悲しい結末になります。それなら自由に動ける時に、お伝えすることが大切だと思います。

【和田】 体力、知力が衰えないうちなら、自分で死に方を決めることができるのですね。

【大津】 たくさんの患者さんを診てきましたが、ほとんどの方がやり残したことはある。ただ、人が抱える後悔は、実はどこか似ていることもわかりました。

【和田】 先生が患者さんの視点で書かれた『死ぬときに後悔すること25』では、終末期の患者さんが後悔することを25に分類し紹介していますね。

【大津】 人間は後悔する存在ですが、その程度の差は大きい。後悔を減らして亡くなった患者さんも多くいます。

【和田】 先生の著作で紹介している、70代の女性のエピソードは感動的でした。余命2、3週間と診断されたのに、1000キロ以上も飛行機に乗って帰郷された。

【大津】 ご両親の墓参りを済ませ、親戚らに会い、以後、明らかに変わった。笑顔を見せるようになり、1年近くも生きることができたのです。

【和田】 まさにオセロのようですね。最後に白の石を置いたら、盤面全体がパーっと真っ白に変わった。

【大津】 長年気にかかっていたことを成し遂げ、生命に息吹が吹き込まれたのではないでしょうか。一方で、はたからは人も羨む幸福な人生を歩んだように見えても「私ほど不幸な人間はいません」と言い残した患者さんもいました。

「陽転思考」

―ものの考え方によって人生が変わってくるのですね。和田さんは、人生を好転させるための「陽転思考」という考え方を唱えています。

掲載紙面 和田裕美.jpg【和田】 例えば、お金を知り合いからだまし取られたとします。その人を一生恨み続けるか、今回はお金の大切さを知り人間の本質を勉強できたので良かったと考えるのでは、大きな違い。もちろん、後者のほうが、その後、幸せな人生を過ごせます。

【大津】 「私は幸せなの」が口癖のおばあちゃんがいました。症状は重かったのですが、最期はたくさんの人に見守られて安らかに息を引き取りました。私は不幸だと愚痴ばかり言うと人は寄ってきませんが、「幸せ」と言い続けると多くの人がまわりに集まってくる。

【和田】 私の亡くなった母も「明日死んでもなーんも後悔なんかないねん」と言っていました。いつも輝いていて近くにいると幸せで楽しい気持ちにさせられました。

【大津】 限られた生の時間を精いっぱい生き、1日1日に最善を尽くそうとした人ほど後悔が少ないように思えます。

【和田】 それは、がんの終末期の患者さんだけに限ったことではないのでは。

【大津】 その通りです。だから、健康なうちに終末期の患者さんが抱く代表的な後悔を知って参考にすれば、悔いの少ない幸せな人生を過ごせるのではないかと思い至ったんです。実際、亡くなる直前に「思い残すことはない」と言える患者さんは、早い時期からいろいろな準備をしてきていました。

遺言

【和田】 最近は、普通の人でも元気なうちに遺言を書くことが増えていると聞きます。

【大津】 職業柄、ご遺族が遺産でもめるのを見たこともあります。病で弱ってから、相続分与という繊細で労力を要する作業をするのはかなりしんどい。健康なうちから済ませておけば後悔が少ないはず。家族が集まる年末年始は絶好の機会。お金の話だけではなく、親のこれまでの半生や、どうやって結婚したかなど語り合ってみたら家族の絆も深まるのではないでしょうか。 

掲載紙面 大津氏と和田氏.jpg

『夜と霧』

―それでは「お薦め本」を紹介してください。

【大津】 フランクルの『夜と霧』を一番目に薦めたいですね。アウシュビッツという苛烈な環境下でも彼は、「あなたが経験したことは、この世のどんな力も奪えない」と語り、人の生は、どんな状況でも意味があると続ける。これを聞いた仲間は勇気づけられたはずです。読者も励まされます。

【和田】 私も『夜と霧』を挙げようと思っていました。人は収容所にいても、美しい景色を見たり、音楽に耳を傾けたり、感動する心を失わない。何か明るいところを探そうとするのは、陽転思考と近い。

【大津】 『100万回生きたねこ』は示唆に富む本。100万回生まれ変わったねこが愛を知った時に、その生を全うして二度と生まれ変わることがなかった。100万回生きても満足できない人生もあれば、たった1回でも満足できる人生ならそれで十分だと。

【和田】 私も大好きです。作者は絵本作家の佐野洋子さん。

【大津】 ご自身も乳がんを患われた後も死に関するエッセーを発表するなど素晴らしい生を全うされました。

【和田】 私のお薦めは、『新美南吉童話集』。新美南吉は「ごん狐」が有名ですが、私が好きなのは、「おじいさんのランプ」。ランプ売りのおじいさんが、電灯が普及してきた時、「お前たちの時世はすぎた」と言って、自分が作った商品を壊していく。古い商売を潔く捨ててこそ、世の中が進んでいくと、石を投げてランプをパリーンと壊していく場面が鮮明に描かれています。

【大津】 捨てることが、新しく生きることにつながる。幻想的な風景の奥に見えるのは、覚悟した人間の持つ強さですね。

【和田】 次は、千日回峰を達成した塩沼亮潤さんの『人生生涯小僧のこころ』。48キロ、高低差1300メートルの山道を16時間かけて1日で往復し、合計4万8000キロを歩き続けるという行を、どうして自己選択で行ったかに興味を持ちました。延々と続く苦行の中、1日たりとも同じ日はないと気づき、「今日より明日、明日より明後日」と過去最高の自分を目指すという境地に達するのが印象的です。

【大津】 『最後だとわかっていたなら』は9.11テロの直後に話題になった詩。「『ありがとう』を伝える時を持とう そうすれば もし明日が来ないとしても あなたは今日を後悔しないだろうから」という一節に心を動かされます。

【和田】 先生の著作にも、気難しい元教授が死の直前に、自分の兄に対して万感の思いを込め「ありがとう」と言った例が紹介されていましたね。

【大津】 お2人とも本当に満足そうな表情でした。

―最後に読書の楽しみについてお聞かせください。

【和田】 文字、活字は平面の世界なのですが、想像力を働かせれば、立体化でき、自分のワールドを構築できる。また、1冊の本の中に、1行でも自分を支えてくれる文章を見つけるとまるで宝物を探し当てたような気分になれます。

【大津】 読書は感性を磨けるほか、いろいろな人生を追体験できる。特に私たちのような医療従事者や人と接する機会の多い仕事をする人には、人間を理解する上でとても大切だと思いますね。

掲載紙面 推薦本.jpg

(司会は、活字文化推進会議事務局・下田陽)

◇緩和医療医 大津秀一(おおつ・しゅういち) 1976年茨城県生まれ。岐阜大学医学部卒。日本最年少のホスピス医(当時)の一人として日本バプテスト病院ホスピス(京都市)、在宅診療所などに勤務し、終末期医療を実践。心身の苦痛を取り除く緩和ケアに当たった。2010年から東邦大学医療センター大森病院緩和ケアセンターに所属。『死ぬときに後悔すること25』『感動を与えて逝った12人の物語』など著書多数。 
◇人材育成会社代表 和田裕美(わだ・ひろみ) 京都府生まれ。外資系教育会社の営業を担当していた頃、世界第2位の成績を収めた実績がある。同社日本撤退を機に独立し、人材育成会社「ペリエ」を設立し、代表を務める。営業、コミュニケーション、モチベーションアップのための研修や講演、執筆で活躍する。『人生を好転させる「新・陽転思考」』『誰でもリーダーになれる3つの約束』など著書多数。 
◆『死ぬときに後悔すること25』
「やり残し」具体例を紹介 
 
 大津秀一さんの『死ぬときに後悔すること25』は、人間が死を告知されてからやり残したと感じる代表的な後悔を列挙した本だ。多くの終末期のがん患者を診療した緩和医療医が見てきた具体例は説得力に富む。患者の身体的な痛みは発達する医療技術で取り除けても、心の痛みを軽減させるのは困難な仕事だ。大津さんは、裸の人間として向き合い、たくさんの後悔を聞いてきた。

 「健康を大切にしなかったこと」から始まり、「遺産をどうするかを決めなかったこと」「故郷に帰らなかったこと」「仕事ばかりで趣味に時間を割かなかったこと」「子供を結婚させなかったこと」「愛する人に『ありがとう』と伝えなかったこと」などと並ぶ。「夢をかなえられなかったこと」の項では、ピアニストにはなれなかったピアノ好きの女性患者が、病棟で演奏会を行い、他の患者を感涙させた実例が紹介されている。

 「25の項目のどれが当てはまるかは、人それぞれでしょう。ひとつでも参考にしてもらえれば、違う道が眼前に広がるはず」と大津さんは話す。健康で元気なうちに、それらを知り、後悔を減らすように努めれば、充実した人生が送れるに違いない。

 

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