2012年12月18日
立教大学池袋図書館開館記念フォーラム 基調講演講師:お笑いコンビ「ピース」又吉直樹さん
特別講義「なぜ読むのか」

今日の特別講義に出ることが決まってから、何で、本が好きなんやろ、読むんやろって、ずっと考えてました。中学生の頃から、太宰治や芥川龍之介とか、近代文学を中心に読み始めてました。単純に面白いからなんですけど、具体的に考え出すと難しい。
僕にとっては感覚の確認作業と発見作業です。漠然と感じながらも、言葉にしたことがないこと、何か正体がはっきりせず、不安に思っていることってありますよね。それらが的確な言葉で書かれていると、共感するというか、すごく気持ちがいいんです。これが確認作業。中学2年生で初めて太宰の作品を読んだときに体験しました。『人間失格』の主人公が道化を演じていて、わざと逆上がりを失敗する場面があります。これはバレるぞと感じました。級友から「ワザ、ワザ」と指摘され、主人公がはっとなる。自分の感覚がそのまま書かれている。それまで体験したことがない、全く異なる面白さでした。
もう一つの発見作業は、裏切られる瞬間の気持ちよさでしょうか。これからどういう展開になるのだろうと待ちかまえていると、主人公は想定してない意外な選択をする。読み手として「えっ、そんなふうになる?」と、驚いたり、裏切られたように感じることです。
本が好きだと言うと、暗いというイメージがある。又吉が本好きだというと、「やっぱり本が好きな人間は暗い」と言われる。もしかしたら僕はネガティブキャンペーンをやっているのかもしれませんね。(笑)でも、笑える小説がすごく好きなんです。真面目なことばかり書かれているもんやと思っていた太宰の短編にも、おもろいなあと感じる作品がある。何かに対して、人間が感情を入れて、ぐっといった時に起きる滑稽さがたまらない。
辞書を読むのも好きで、中学生の時から、辞書で遊んでいました。(持参した広辞苑を手にしながら)まず、自分でテーマを決めます。例えば、飼っている九官鳥が言ったら嫌な言葉。(広辞苑を適当に開けたページを凝視しながら)これですかね。「キャプテン」。飼い主ではなくて、そういう関係性で見られていたと思うと、嫌だと思いませんか。言葉自体に興味を持ち始めると、小説の読み方も変わってくる。1行目から、楽しみになってくる。単純に僕は言葉そのものがすごく好きなのかもしれません。
トークバトル
石川 又吉さんは、エッセーで町田さんについて「作家としての王道なんや」と表現されています。
又吉 共感、驚き、狂気性、笑える部分。本を読む時に欲しい要素が全て入っていて、唯一無二の存在です。
石川 町田さんは、又吉さんの「なぜ読むのか」、どのように聞かれましたか。
町田 読書とは共感、驚き、という部分は、すごくよく分かりました。特に驚きの方。自分の物差しが非常に疑わしいことをもう一回分からせてくれるというのが読書なんですね。
石川 又吉さんは下積み時代、空腹感を読書で紛らわせていたとか。
又吉 古本店のワゴンセールで、100円で5冊セットの文庫本を買うんです。三鷹に住んでたから、国木田独歩の『武蔵野』がやたらと多かった。(笑)三鷹や吉祥寺の図書館もよく行ってました。
町田 僕はあまり図書館とは縁がありませんでした。かなりお金に困っていたとき、調べ物ができて、練馬の関町図書館というところに行ってみたんですね。そしたら、万巻の書物がただで読めるじゃないですか。毎日通っている内に、たなごころを指すように本を選べるようになったことを覚えています。
石川 お2人は気に入った本は何度も読む方ですか。
町田 貧乏だった頃、気に入った本は繰り返し読んでいました。今も何回も読み返すのが好きで、何十回読んだ本でも、こんなこと書いていたのかと新たに気づかされる。自分の小説でもありますから。
又吉 ご自分で書いた本でも、そんなことがあるのですか。
町田 ええ、記憶力の衰弱かもしれないけど。(笑)でも、驚きと発見は何度も読む方があると思う。
石川 又吉さんは本を読む時間をどうやってつくっているのでしょうか。
又吉 常に本は持ち歩いていて、移動中と寝る前、あとは出番の合間に。ただ、好きな作家の新刊が出たら、細かく刻まず、なるべく2日以内に読んでしまいたい。予定表を見て、空き時間が長いところを狙ったりして読み始めます。
石川 言葉への感受性は幼いころからあったのですか。それとも獲得されていったのでしょうか。
又吉 小学1年生の時、6年生と一緒に給食を食べる機会があったんです。牛乳を飲もうとしたら、6年生が「ボヘミアン」と言うて、僕、思わず牛乳を噴き出してもうたんです。何が面白いのか分からないんだけど。そんな面白いと思って笑ったことが、全部記憶に残っているんです。そういうのが知らないうちに筋トレのようになっているのかもしれません。
町田 驚きました。全く同じ。話し言葉もそうだけど、私も小説や漫画に書かれたもので1行だけが記憶として残り、全く違う意味で小説に使ったりすることがあります。
石川 今日は大学生が多く来ています。何かメッセージはありますか。
町田 人間の一番強い欲求は、第三者に自分を認めてもらいたいということだと思う。第三者に認められるような人間になったらどうでしょうか。
又吉 とにかく楽しんでもらいたいですね。本でも、音楽でも最初から拒絶するのではなくて、ちょっと接してみると、その先に何かが待っているかもしれません。(敬称略)
すぐにネタにはなりません
特別講義の最後には又吉さんと会場の学生2人の間で質疑応答が行われた。
学生「読書体験が漫才やコントにどのような影響を与えていますか」
又吉「読んだ本を直接漫才のネタに落とし込んだことがありましたが、うまくいきませんでした。多分読んだものを自分の中で吸収して、“骨”となり、“血”となり、知らず知らずに出ていると思います」
学生「難しい本に出会ったときは、どうされていますか。自分は純文学を敬遠してしまいます」
又吉「僕は皆が面白いと思っていることを共有出来ないのが嫌で、何とか納得いくところまで読むタイプ。でも、難しいと感じたら、次に行った方がいい場合があるかもしれません。夏目漱石の『それから』は最初頭に入ってこなくて、100冊ほど読んだ後にもう一回開いたら、文字がすごく大きく見えました」
「主体的な学び」支える 図書館機能拡充
日本の大学生は勉強時間が足りないのでは、という指摘が強まる中、主体的な学びを支援する図書館の機能拡充に力を入れる大学が増えている。
立教大学池袋図書館の最大の特徴は、グループワークやパソコン利用に配慮した滞在型である点。「物音をたててはいけないという緊張感で、図書館に足を運べないという人もいる。ここは学生たちが議論しながらグループ学習をしたり、話ができるスペースもあるんですね」。見学した町田さんが意外そうに漏らした。
図書館長でもある石川教授は「授業でのグループ発表が増え、議論や、共同作業しなければいけない場面が多くなり、図書館での学習スタイルは大きく変わっている」と狙いを明かす。
また、「長時間過ごせる図書館」を目指し、キャップ付き飲料の持ち込みをOKとしたのに加え、一部スペースでは、サンドイッチ等の軽食を取ることもできる。大学図書館の新しい機能が注目されつつある。
◇又吉直樹(またよし・なおき)
1980年大阪生まれ。著書に『カキフライが無いなら来なかった』(共著、幻冬舎)など。本の雑誌「ダ・ヴィンチ」の読者アンケートでは「愛読書を知りたい有名人」第1位。
◇町田康(まちだ・こう)
1962年大阪生まれ。19歳でパンク歌手デビュー。2000年に『きれぎれ』で芥川賞受賞。その後も川端康成文学賞、谷崎潤一郎賞など数々の文学賞を受賞。
1963年、秋田生まれ。立教大学大学院博士後期課程満期退学。九大比較社会文化研究院助教授などを経て立教大学文学部教授。専攻は日本近代文学。
主催=立教大学、活字文化推進会議
主管=読売新聞社
協力=よしもとクリエイティブ・エージェンシー