第4回対談 「行き着く先古事記」

 

 

 

 「日本人の生活に生きている」 

9か国に赴任

 成毛 生まれは京都で、大学も京都大学なんですね。馬渕睦夫20150326.jpg
 馬渕 丹波地方の出身です。京都で大学といえば東大ではなく京大なんです。当時の京大には、国際政治学の権威だった高坂正堯(まさたか)先生がいらっしゃって、いろいろ教えてもらいました。
 成毛 高坂さんの思い出はありますか。
 馬渕 福田恆存(つねあり)全集の中の「一匹と九十九匹と」という評論を薦められました。当時はベトナム戦争の最中で、周りはデモばかり。学問を学ぶという雰囲気ではなく、大学近くの喫茶店でこの評論のほかにもいろいろな本を読んで勉強していました。先生はよく「歴史書を読め」と言っていました。これは今でもずっと守っています。
 成毛 外交官になろうとしたきっかけは。
 馬渕 高校3年のときに、ケネディ米大統領の暗殺事件がありました。もともとケネディの演説が好きだったのですが、その日は大学入試の模擬試験。あまりのショックで白紙答案を出したほどでした。その事件が国際政治の分野で働きたいという明確なきっかけになりました。
 成毛 外務省時代にはいろいろな国に赴任していますね。 
 馬渕 当時は約2年で勤務地が変わっていました。私は9か国勤務しました。
 成毛 キューバ、ウクライナと今、いろいろな意味で注目を集めている国ですね。
 馬渕 結果的にそうなったのですね。今考えると、面白い勤務地だったと思います。
 

読書と経験で
 

 成毛 どう成毛眞2 20150326.jpgして本を書くことになったのですか。
 馬渕 外務省を退官したときの「自分の人生は何だったのだろうか」という気持ちが基になっています。国費でいろいろな国に勤務させてもらった外務省時代や、防衛大学校で教えていた経験を、社会にお返ししようという気持ちで書くようになりました。
 成毛 執筆のペースはどのくらいですか。
 馬渕 本当に良心的な内容のものを書くとなると、私の場合は、年2冊が限度だと思います。書き下ろしがほとんどです。世界史や、国際政治に関する私の読書と経験を書いたものが多いです。
 成毛 今回の著書で、古事記に焦点を当てた理由は。
 馬渕 長く外国との関係に携わってきましたが、裏返せば、絶えず日本とは何かを考えてきた40年間でした。現代から明治、江戸時代と、ずっと時代をさかのぼって考えていくと、究極的には古事記の時代に行き着きます。それが断絶しているのではなく、ずっと一貫して今に続いていることに気付いたからなのです。自分流に古事記を読んで感じたことを素直に書きました。
 成毛 日本人にとって古事記とは何ですか。
 馬渕 古事記の精神は、今の日本の政治、経済、文化、この本の中では信仰と言っていますが、今の日本人の生活すべてに生きています。古事記は、比喩、説話を通じて私たちが神性を宿した高貴な存在であることを日本人に教えているのではないかと思います。
 成毛 外国に関われば関わるほど日本を知ることが大事になりますね。
 馬渕 私も外交官になった頃は、日本のことを全然説明できませんでした。今の若い外交官はもっとそうだと思います。日本という国は終戦を機に、歴史の連続性を断ち切ってしまった。日本の戦後教育で戦前の日本を肯定的に取り上げてこなかったのが一つの原因だと思っています。
 成毛 3部構成になっていますが、この部分は外さないでぜひ読んでほしいというところは。
 馬渕 日本の「国柄」というものが、日本の政治、経済、文化の基となっている信仰にどのように表れているかを3部に分けて書きました。私は基本となるのは信仰だと考えていますから、もし時間がないという方にはその部分だけでも読むことをお薦めします。
 成毛 日本人には、宗教というよりも、信仰という言葉の方が合うようです。慣習とか習慣ですね。
 馬渕 そうですね。それぞれ宗教は本来共存できるもの、上下の関係ではなく並立の関係にあるものだと思います。おのおのの国、民族の慣習にふさわしい生き方がある。それを否定するから、戦争とか紛争になる。お互いが尊重すればいいんです。日本人には、もともと共存の精神というものがあると思います。

日本語きっちり

 成毛 お薦めの本を教えてください。おススメ本リスト2 20150326.jpg
 馬渕 渡部昇一さんの『英語の早期教育・社内公用語は百害あって一利なし』です。国語の語彙(ごい)以上には、外国語の語彙は増えない。本当に外国語がうまい人は日本語もうまいはずです。まず日本語で考えて表現できることを学ばないと、外国語は決してうまくならないと思います。日本語をまず身につけることが大切です。
 成毛 大使を経験している方が早期の英語教育に疑問を感じているとは驚きました。
 馬渕 もう1冊は、森信三さんの『修身教授録』です。森さんが、師範学校で教えていたときの「修身」の講義録です。硬い言葉が並んでいますが、何度読み返しても勉強になります。本来の良書というのはこういうものだと思います。
 成毛 私がお薦めするのは、渡辺京二さんの『逝きし世の面影』です。幕末から明治期に日本を訪れた欧米人から見た、秩序を重視した日本人の様子が生き生きと描かれています。ところで、書評家として興味があるのですが、海外勤務のときはどのように本を選んで手に入れていたのですか。
 馬渕 国によって違うのですが、ニューヨーク勤務のときは、ニューヨーク・タイムズ紙の書評欄を読んで面白そうな本を、マンハッタンの本屋で買っていました。今、アマゾンなどインターネットを通じて買えるのは便利です。しかし、一見非効率のように思えますが、本屋に行って実際自分の手にとって本を選ぶことは重要なことだと思います。今でも私自身よく本屋には立ち寄ります。
 成毛 ウクライナ時代で本に関するエピソードは何かありますか。
 馬渕 私がいたウクライナでは、小学5年から外国の文学を学んでいて、日本の芭蕉なども取り上げていました。ウクライナの小学5成毛・馬渕20150326.jpg年の国語の教科書は、外国文学などを合わせて800ページほどありました。日本の教科書ははるかに薄い。国語の授業に限っても文字を読む量がまったく違うのです。
 成毛 そうですか。
 馬渕 ビジネスであれ、外交であれ、根底は同じだと思います。自分の教養がないと相手を説得もできない。相手とどう対応するかというときに自分の教養が最後には力を発揮するのです。そのためには本を読むこと。活字文化を守ることは、日本全体の知性向上にも役立つものと信じています。

◇なるけ・まこと 1955年、北海道生まれ。早稲田大学ビジネススクール客員教授。元マイクロソフト日本法人社長。著書に『面白い本』(岩波書店)、『ビジネスマンへの歌舞伎案内』(NHK出版)、最新刊『メガ! ―巨大技術の現場へ、ゴー』(新潮社)など。
 ◇まぶち・むつお 1946年、京都府生まれ。68年、外務省入省後、駐キューバ大使、駐ウクライナ兼モルドバ大使などを歴任。2008年、外務省退官後、防衛大学校教授。14年から吉備国際大学客員教授。著書に『世界を操る支配者の正体』(講談社)など。
 

 主催 活字文化推進会議 主管 読売新聞社 協賛 ビジネス社
 

 

 

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