村田諒太氏がボクシング小説を絶賛「僕の拳の先にあったモヤモヤまで見透かされた」

 「ボクサーの心情を、どうしてここまで見透かせるのか」。全国大学ビブリオバトル(12月17日・昭和女子大学=東京都世田谷区)のトークセッションに登場した村田諒太さん(37)が、ひときわ言葉に力を込めた。

ボクシング小説「拳の先」を絶賛した村田諒太さん

 

 2023年3月に現役を引退したボクシングのミドル級元世界チャンピオンでロンドン五輪金メダリストは、「闘う哲学者」の異名をとったスポーツ界有数の読書家でもある。そんな村田さんが、読書好きな大学生の集まった会場で絶賛した1冊。それは、角田光代さんのボクシング小説「拳の先」(文春文庫)だ。

 

 「僕は小説の論評をしているつもりはない。あくまでも元ボクサーとして『拳の先』は素晴らしい本だと言いたい」と村田さん。ボクシング関連本の多くが勝敗と努力を描くことに力を注いでいるなかで、この小説が「勝敗の先にある、ボクサーの心情を描いている」ことに深い共感を覚えるという。

 

 「われわれボクサーはほとんど、コンプレックスや恐怖を抱えていて、それを追い払うツールとしてボクシングを選んでいる。勝利だとかチャンピオンになることによって、強さだとか自分がどういう人間であるかを、認めさせようとしている。まさに僕もそうで、拳の先にある目に見えないモヤモヤした何かを振り払うために戦っていた。そこを、角田さんは見透かしている」

 

 作品の終盤、世界タイトルマッチで惜敗した登場人物が「たぶんもう、この拳に力が宿らない」と自覚し、再起の勧めを断って引退を決めるシーンも心に残ったそうだ。「僕は2019年、世界戦で負けた相手(ロブ・ブラント選手=米国)との再戦で勝った。練習を完璧にこなし、試合でもやりたいパフォーマンスが出て、自分の中で満足してしまった。そこから先の2試合で、僕の拳に力がこもっていたかというと、そうは言い切れない」。強豪ゲンナジー・ゴロフキン選手(カザフスタン)に敗れた2022年4月の名勝負さえも「魂がこもった戦いだったというより、引退を決断するためのいいエクスキュースだった」と振り返る。そうしたキャリアの終盤に抱いた思いと、小説が重なったことが「不思議だったし、ビックリした」と語った。

角田光代著「拳の先」(文春文庫)

 

 直木賞選考委員も務める角田さんは、執筆の傍ら「輪島功一スポーツジム」に長く通って心身を鍛え、村田さんの試合もたびたび生で観戦してきた。そんなアクティブなボクシング経験を生かして2016年に著した長編小説は、闘う哲学者の胸の奥へと、しっかり届いた。(込山駿)

 

村田さんが語ったトークの動画はこちら(3時間35分頃から約40分間)

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