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イベント情報

2015/12/08

共立女子大学 活字文化特別セミナー/下重暁子さん

「活字文化特別セミナー」(共立女子大学、活字文化推進会議主催)が11月1日、東京都千代田区の共立女子学園共立講堂で開かれた。「第25回神保町ブックフェスティバル」の協賛イベントとして開催され、約800人が参加した。テーマは「女性に今求められる活字力」。作家の下重暁子さんが「人生という作文」の題で基調講演に立ったのを始め、共立女子大学の遠藤耕太郎教授、橋川俊樹教授、同学の4人の学生を交えたトークセッションも繰り広げられた。セッションでは、「書く」という行為について、それぞれの体験や意見を述べ合って、議論を深めた。

主催者挨拶
共立女子大学学長・共立女子短期大学学長 入江和生さん

共立・入江学長_.jpg本学は来年、創立130周年を迎えます。職業によって女子に自立の道を開くことを基本方針に、幅広い教養を与えることを目標としてきました。
本学のある神保町界隈は古本屋街として世界に知られていますが、大小出版社も密集しており、古本、新刊書をひっくるめた活字の街であります。本学で活字文化特別セミナーを開催することに大きな喜びを感じております。
活字文化は転換点に差しかかっています。培ってきた活字文化を若い世代に継承していきたい。本日のセミナーが実り多いものとなることを願い、また、それを信じております。

基調講演

「人生という作文」

下重さん1_.jpg 活字が衰えてきたと言いますけど、話し言葉もどんどん衰えています。言葉に神経を使わないから。書き言葉も話し言葉も、自己表現の手段ですが、皆さんは意識して使っていらっしゃるでしょうか。

 立派な文章を書かなければ、言葉の勉強はできないなんてことはありません。日常生活でいくらでもできます。例えば「今日は暑いね」と誰でも口にしますが、「私の背中、汗で地図ができているでしょう」と言えば、どんなに暑いか分かりますよね。だから、普段から言葉に敏感になっていただきたいのです。

 効率一辺倒な生活が日本人の感受性を奪っていいます。トイレに入れば、便器のフタが自動的に開いて、用を足せば勝手に水が流れる。お風呂は「沸きました」って機械が言うし、ご飯も「炊けました」と炊飯器がしゃべる。そんな環境にいると五感を使わない。風の音も雨のにおいも分からなくなってしまう。そんな中から表現力は出てきません。私たち自身の生活を見直し、感受性、美意識を大事にしなければいけません。

 私は、大学卒業後、NHKのアナウンサーになりました。本当は活字の仕事をやりたかったのに、女性が大手の出版、新聞、雑誌社に就職するのは困難な時代でした。言葉を「書く」と「話す」というのは両極端なことですが、話し言葉で書き言葉の勉強はできるのです。私はそうしました。

 初任地・名古屋から東京へ転勤となった時のことです。その日夜の番組紹介を担当することになりました。活字が好きだから言葉に工夫をしようと思い立ち、ある時から冒頭10秒のあいさつを毎日、違うものにしました。「日比谷公園のサルビアの赤がすっかり深くなっていました」「遠くで雷が鳴っています」など、その日に身近で感じたことを話しました。自分の言葉の勉強のためでしたが、視聴者に喜ばれ、表現というものの面白さに改めて気がつくことができました。

 10年でフリーに転じ、民放でキャスターなどを務めながら、書く仕事を増やしていきました。売れなかったけど、3年も5年も取材してノンフィクションも書いた。今、それが大変役に立っています。この年になってようやく50万部を突破するベストセラー「家族という病」を出すことができたのも、あきらめず、自分を信じ続けて、活字を自己表現の手段として大事にしてきたからだと考えています。

◇下重暁子さん(作家)
1959年、早稲田大学教育学部国語国文科卒業。同年NHKに入局。アナウンサーとして活躍後フリーとなり、民放キャスターを経た後、文筆活動に入る。ジャンルはエッセー、評論、ノンフィクション、小説と多岐にわたる。日本ペンクラブ副会長、日本旅行作家協会会長。主な著書に『老いも死も、初めてだから面白い』(海竜社)、『鋼の女―最後の瞽女・小林ハル―』(集英社)、『家族という病』(幻冬舎)など。

トークセッション

「言葉」とは「書く」とは

遠藤_.jpg【遠藤】 本日は、活字文化や、言葉というもの、書くということはどういうことなのかについて考えていくことができればと思います。

【橋川】 二十数年、大学で教えていますが、本、新聞、雑誌を読む習慣のある学生は少ない。実は、マンガ好きの学生であれば結構活字が読めるのですがね。詩でも俳句でも、小説でも、とにかく書かれたものに何か一つでも好きなものができればいいのですが。

【下重】 マンガが悪くて、高級な夏目漱石はいいなんてことは、絶対にありません。心の琴線に触れるものを手当たり次第読めばいい。「積ん読」でも、本屋でただ表紙を眺めるだけでも構いません。活字に触れることが大切ですね。書くというのは、その次にあることですが、すなわち、自分を掘り下げていくこと。何かを美しいと思ったら、なぜそう思うのか、自分に問うていく。そして自分の一番奥にある感情、意識下の思いを引き出すということですね。

【遠藤】 学生の皆さんにとって、書くというのは、どういうことなのでしょう。

【篠田(家政学部4年)】 私は手紙が好きで簡単なお礼でも小さなカードに書きます。書いている時には、その空間には自分しかいないのですが、心の中ではその相手と向き合っている。書くことは、自分を深めることであり、また、他人と自分の中で対話することではないかと思います。

橋川2_.jpg【辻村(文芸学部4年)】 私は中学1年の時から中学校の先生になりたいと思っていました。将来の夢を書かされる度に、「先生になりたい」ではなくて「先生になる」と書いてきました。そうやって自分に戦闘服を着せることが、書くということだと考えています。

【下重】 「戦闘服を着せる」って面白い表現ね。

【遠藤】 僕も気に入りました。書いて言葉にすることで、自分を作っていくという側面もあることが見えてきました。

【石橋(国際学部3年)】 私は自分の助けになった言葉をノートに書き、何かあった時に見るようにしています。最近、私の祖父が死去した際、友人から「人生にはあるべきものが、あるべき時にある」という言葉をもらいました。今起きていること全てが自分に欠かせない経験なのだという意味が込められていて、苦しみを乗り越えることができました。書くことで自分の支えができるのです。

【加藤(看護学部3年)】 私は書くというのは、一つには考える行為だと思います。授業で経験したのですが、自分の好きなことをいくつか挙げていく課題がありました。私は走ること、読書が大好きで、書いているうちに、どうしてそうなのか考えることになりました。そして、走っている時、本を読んでいる時は、そのことだけに集中しているので、自分がリセットされるのだと気づきました。また、自己表現でもあります。手書きで書くと、文字の形、濃さ、大きさに個性があって、それぞれの人の表情が浮かびます。

【遠藤】 私は「万葉集」が専門ですが、万葉集では「恋」を「古非」としたり、一人で悲しむ「孤悲」として「コイ」と読ませたりする人もいる。書くということには、文字の表情で言葉にできないものを伝える力があると思います。

【橋川】 夏目漱石の講演「私の個人主義」の中に、漱石が学究生活に行き詰まって出口のない袋の中にいる心地がして、「一本の錐(きり)さえあれば」と焦り抜いた話が出てきます。下重さんが書くとは自分を掘り下げることだとおっしゃいましたが、自分と向き合う中で一本の錐にあたる何かを見つけようとする行為が書くことの本質かと思いました。

【下重】 私はエッセー教室を開いていますが、多くの人が技術的なことにとらわれすぎています。書くというのは、なぜ書くのか、どうしても書きたいのか、何を書くのか、考えに考えた末のことなのに、まず、最初にどんなきれいな言葉を並べて書こうかとか、導入部は何か違う話題から入ろうとか、そんなことばかり考えている。人間の感受性が中学生の頃に進歩を終え、方法論だけが成長していくからです。そうではなくて、書くというのは、自分の中に書かざるを得ないものがあって書く、という行為なのですけどね。

共立学生_.jpgトークセッションに臨む(右から)、加藤弥生さん(看護学部3年)、石橋知可子さん(国際学部3年)、辻村汀さん(文芸学部4年)、篠田容さん(家政学部4年)

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◇遠藤耕太郎さん(共立女子大学 文芸学部教授)
早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学。専門は日本古代文学、中国少数民族文化。
◇橋川俊樹さん(共立女子大学 国際学部教授)
筑波大学大学院博士課程単位取得退学。夏目漱石研究を主体とする日本近代文学研究者。

 

主催:共立女子大学、活字文化推進会議 主管:読売新聞社 後援:文部科学省 

 

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