21世紀活字文化プロジェクト

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活字文化公開講座

2006/10/01

活字文化公開講座 in 京都女子大学「運命の一冊、必ずある」

■出演
あさのあつこさん(作家)
吉永幸司さん(京都女子大学教授)

 本や読書の面白さや大切さを伝える「活字文化公開講座」(活字文化推進会議、京都女子大主催、読売新聞社主管)が9月30日、「読むこと、書くこと、生きること」をテーマに、京都市東山区の同女子大で開かれ、約300人が聴講しました。若い世代に人気の作家、あさのあつこさんが基調講演や吉永幸司・同女子大教授との対談で、「書くことや読むことが、雰囲気や流行に流されず、自分の言葉で考えることにつながる」と、「言葉」の持つ力の素晴らしさを強調しました。

 あさのさんは、英国の文豪サマセット・モームなどの作品に出会い、「本ってこんなに面白いものなのかと学び、物書きになりたいと思った」と〈開眼〉の瞬間を紹介。「人と人が運命的に出会うことがあるが、一冊の本が運命を変えることもある」と話しました。

 小説「バッテリー」などで人気とあって、学生や市民ら約300人で会場はいっぱいになりました。

基調講演「言葉を鍛え『主役』を生きて」/あさのあつこさん

20061001_01.jpg 私は岡山県の美作という小さな街で生まれ育ち、今もそこに住み、物語を書いている。

 夏休みに「バッテリー」の映画ロケが母校の美作中学校であった。最高気温37度になる中、エキストラを務める中学生に「大変だね」と話しかけたら、「こんな世界があるなんて知らなかった」と目を輝かせる。少年少女が未知の世界に触れたとき、どのくらい生き生きと精神が躍動するのかを目の当たりにできた。

  生きている世界がすべてではない、もっとほかの、あるいは自分の生きている世界を足掛かりに別の広い世界があるんだということを、自分の物語で提示できたらすてきだな、と思っていた。自分の生きる意味を、若い人たちに向けて書く意味をこの夏、知ったような気がした。

  物書きになりたいと思ったのは中学生のとき。ずっと胸の奥底にあったその思いを、突っついてくれたのが二男だった。

 彼が小学校1年生。寒い日だった。飼っていた猫が車にひかれて死に、家の裏に穴を掘って埋めることになった。長男はワンワン泣いたが、二男は黙っていた。無理にお墓のところに連れていくと、猫を包んだ袋を抱いて立っている。寒いし、ご飯の支度もしなきゃいけない。いらついて「早く入れて土をかけて」と言っても動かない。やっと猫を穴の底にそっと置いたとき、彼が絞り出すように「ちくしょう」って言った。

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  私は涙が出た。彼の万感の思い、泣くことでは、叫ぶことでは表現できない悲しみを、親なのに分からなかった。このとき、「ああ、書きたい」と思った。波打つもの、祈るもの、そういうものをちゃんと書いていきたいと思った。

  自分が大人になってつくづく思うのは、日本の大人は怠け者だなってこと。若いとき、自分は一体何者だろうか、どのように人を愛せるんだろうとかを、すごく問いかける。それを大人になると、やめてしまう。

  自分の言葉で自分の思いを語る、思いを確かめる、何者かを知ることは、とても大切なことだ。

20061001_03.jpg 今、言葉が軽々しく流れている。ウワーッと一つの方向に流れて、そこから外れてしまうと、みな「だめ」みたいになっている。メディアがつくった一つの言葉や現象に流されている。自分の言葉で考える習慣がついていないと、今の日本はとても怖いと思う。

  私たちの生活の根底にあるもの、この国の行く末を決めるとき、一人ひとりが、一人ひとりの言葉で、一人ひとりの思いを確かめること、99人が「右がいい」と言っても、真ん中を行きたいとか、左に行きたいとか、引き返したいとか、ちゃんと自分でわかる人間が必要だと思う。

  それには、言葉を鍛えるしかない。本当にメモでもいいから書いてみる。格好いい文章を書く必要はない。ごまかしやうそを入れないで書く。そして、読むことで書く力を養う。それが、人に支配されない、自分が自分を主役とできる生き方につながると思う。

対談/質疑応答

文字は人を刺激する/あさのさん 教授書くことで自分変化/吉永

20061001_04.jpg【吉永】 漫画が人気の中で、読者を獲得する秘密は?

【あさの】 文字は、すごく人を刺激する。映画などは映像を固定化してしまうが、言葉は個人のものとして(心に)入っていくところが魅力だ。

【吉永】 「バッテリー」は空間にちりばめられた描写がすごい。

【あさの】 例えば、手ひどく恋人に振られて見上げた空と、10年間思い続けた恋がかなって見上げた空は、同じ空でも違う。その違いを書いている。悲しいを悲しい、うれしいをうれしいとストレートに書かない。これはとても大事だ。

【吉永】 あさのさんの作品は、物語が進むに従って主人公が「太っていく」気がする。自分を突き詰めていくことが、主人公に反映するのか。

【あさの】 書いていると「私はこんな風にあのとき人を憎んでいたんだ」「こんな風に人とつながりたいんだ」と現在進行形で自分のことがわかってくる。

【吉永】 書くことは考えることである。人間形成に大きな影響を与える。書くことは、自分を変える活動、と感じる。

【あさの】 「No.6」(近未来の階級社会で恵まれたエリート少年の人生が急転する小説)など作品を書き始めたときに自分も課題を背負い込む。「お前はこの立場に立ったらどうするんだ」「本当に人を裏切らずに生きていけるのか」。自分への問いかけがいっぱい来る。それに一つひとつ、答えなければ書いていけない。

【吉永】 作家としてのメッセージを。

【あさの】 若い人には「年を経て大人になっていくことも、とても面白いことだよ」と告げたい。だから命を全うしてほしいという気持ちは、根本にある。

【吉永】 小さいころから書くことが好きだったのか。

【あさの】 好きというか、それだけしかできなかった。たった一つあったのが書くこと。今にして思えば、あまりいろいろな才能がなくてよかったかな、と。一つしかないものって、それにすがるしかない。

【吉永】 児童文学でのデビューだったが、最近は「弥勒の月」など大人が読みたくなる本も出しているが。

【あさの】 一般書を書いてみて、つくづく児童書は、難しいなと身にしみた。表現方法一つとっても、児童書では「今日は憂うつな一日だった」という出だしで始められない。「憂うつ」という言葉を、どういう言葉に置き換えるかというのを模索しないといけない。しかも日本語としてまっとうで、なおかつ心にしみてくる表現こそ使わないといけないと思っているから、言葉を選び、研ぎ澄ます作業にエネルギーが必要だ。

【吉永】 今の世の中全体が、言葉にエネルギーを使わなくなってきた。子どもたちは「尋ねた」「聞いた」「うなずく」という言葉も全部知っているが、ものを書いても、皆すべて「言った」に組み込んでしまう。

【あさの】 それは子どもの問題ではなく、圧倒的に大人の側の問題だと感じる。特に子どもに向ける大人の言葉が単純化、硬直化している気がしてならない。言葉の貧しい大人が多くなったと自分も含めて思う。

【吉永】 「自分の言葉を持て」ということを詳しく。

【あさの】 言葉が画一化されたり硬直化したりすると、思考停止という状態になる。ものを考えないと、人の根が切れ、浮き草になってしまう。ふわふわと簡単に流行の言葉や、雰囲気に流される。考える力を身につけるのは、緊急の課題だなと私は思う。

【吉永】 あさのさんの巧みな言葉の原点は何か。

【あさの】 実は私は中学校に入るまではほとんど本を読まなかった。田舎で育って、一日中、ターザンごっこをして遊んでいるような子だった。でも、中学校以降、物語とはこんなに美しい描写ができるものかというのをサマセット・モームから、こんなにも本というのは面白いものなんだというのを海外ミステリーから学んだ。それで本当に物書きになりたいと思った。人生で運命的な誰かに出会うことはあるが、本も一緒。運命的な本に出会い、人生が大きく変化していくことは、必ずある。

【吉永】 小学校でも中学校でも読書活動が盛んになっているが、究極は、一冊の本に出会うために、いろいろな本を読んでいるような気がする。

【あさの】 たかだか一冊の本。でも、その一冊の本がやはり運命を変える。これだけ本があふれていると、「一冊」に出会える可能性もすごく高い。それは、この国に生まれた幸せであり、特権であると思う。

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大人って子どもで変わる

【会場】 あさのさんが作家として一番大切に思っていることは何か。

【あさの】 「絶望で終わるまい」ということ。例えば人の死や破壊といったことだけで終わる物語だけは書くまいと思っている。

【会場】 若い方に年をとることは悪くないと伝えたいと話していたが、年配の方に向けてのメッセージは?

【あさの】 大人って子どもによって変わるよ、と言いたい。「バッテリー」の登場人物にも「子どもの力によって大人は変わっていくし、変わることができる」という思いを込めた。

【会場】 あさの作品は登場人物にリアリティーがある。どういう手順で書くのか。

【あさの】 「バッテリー」では傲慢不遜(ごうまんふそん)でありながら、どこか繊細という少年を書きたいと思い、それが一人の少年の形になった。書き出すとき、構成は一切立てないが、一番最初のシーンと一番最後のシーンだけは、厳格に浮かぶ。

(2006/10/01)

あさのあつこ
岡山県美作町(現・美作市)生まれ、現在も同市で創作活動を続ける。青山学院大文学部卒。野球少年を描いた「バッテリー」(現在、6巻まで刊行)で野間児童文芸賞。「No.6」「透明な旅路と」など。「バッテリー」は映画化され、来年3月公開の予定。

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