21世紀活字文化プロジェクト

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読書教養講座

2009/11/09

近畿大学公開授業 声に出して読みリズム感

■出演
旭堂 南陵(きょくどう なんりょう)さん

 読売新聞社が進める21世紀活字文化プロジェクトの一環である「読書教養講座」(活字文化推進会議、近畿大主催)の公開授業が10月17日、大阪府東大阪市の近畿大で開かれ、約150人の市民や学生が参加した。講談師の旭堂南陵さんが「講談・声を出して読む文化」と題して講演した後、同大文芸学部教授の浅野洋さんと対談、講談本が読書の普及に果たした役割や音読の重要性などについて語り合った。

講談師 旭堂 南陵さん基調講演「声を出して読む文化」

 講談は伝統的に「読む」と言います。本を読むという原始的な形を一番残している芸能です。文字を読めるというのは、すごく恵まれたことなんですね。奈良県の盲老人ホームを訪ねた時、お年寄りが「漢字と仮名交じりの文章って美しいんでしょうね」と言われたんです。そうや、この人たちは、目で日本の美しい文章を鑑賞できないんや。読書をできる喜びというのは、こういうところにも実は隠れているんや、と思ったんです。

 昔の人は文字を大きな声で読んでいた。読むことによって、自分の言語機能も鍛え上げていったんだなと。昔は「切れる」というたら、頭のいいやつのことでしたが、今は「キレる」いうたら、気の短いやつのことになってしまいました。そんだけ言葉というものに鈍感になってきたのかなと思うんです。

 子どもに大きな声を出させて読ますということが、私は一番だと思うんです。本を読む楽しさも身につく。この頃「きしょい」とか、「きもい」の「い」まで抜けて「きも!」「きしょ!」というのまである。声を出して読んでいれば、そういうのが語感としておかしいと頭の中にたたき込まれるんではないか。名文を聞くことによって、名文書きになれるし、名文をしゃべることによって、言葉に対する能力が発達するんではないかと。

 講談には、軍記に入るとき、修羅場読みというものが旭堂WEB用.jpg残っております。〈頃は元亀(げんき)三年壬申年(みずのえさるどし)、十月の十四日、甲陽の太守、武田大僧正信玄、甲府において七重(ななえ)の均(なら)しを整え……〉というふうなのです。これを講談塾の塾生に最初にやらすわけです。そしたら「日本語って、そういうリズムを持っているんですね」と言う。日本語の持っているリズムみたいなものを昔は音読によって徹底的にたたき込まれた。そのリズム感がないものだから、「きしょ!」と言おうと、「きも!」と言おうと、別に何の違和感もなくなってくるのだと思います。

 文化庁長官だった河合隼雄先生から「あなたの文章、読みやすいですね」と褒められたことがありまして、お世辞かいなと思うたら、共通の友人で夢枕獏という作家の文章も読みやすいね、という話で。みんな共通しているのは手書きですわ。口の中でゴチョゴチョ、ゴチョゴチョと言うて点を打って、自分の息づかいのままを、点にしたり、丸にしたりする。

 正岡子規も、夏目漱石もよく講談を聞きに行っていたという。芥川龍之介だって、「講談を聞かんことには名文は書けないんだ」というふうなことを言っておりましてね。いろんな名文だとかが、講談には集約されているんです。実は日本語の一番美しい部分を持っていたわけです。

 明治18年に松林(しょうりん)伯圓(はくえん)の『安政三組盃(あんせいみつぐみさかずき)』が出されると、そこから講談本がわーっと出てくるんです。それが日本の近代文学の始まりなんです。日本人の読書というものを育んだのは講談本だったんです。大衆小説という前は新講談といっていたんです。こういうのが文学史の中から、みんな消えてしまいました。

 最後に、ちょっとだけ講談をやらしていただきますけれど、講談と落語、どう違うのかとよく聞かれます。「王様がハイハイしてどこかへ行きました。どこへ行ったでしょう」「ハイキング」(笑)。つまり、落語は仕掛けをつくって、みんなを落とすんです。時を問えへんのです。場所もいらんのです。講談は、いつ、場所、どんなことが起きたかを伝える。もう一つ、前提条件として知識ですな。源義経、知ってなかったら『源平盛衰記』やったってしゃあないんです。『太閤記』やるには、豊臣秀吉を知っててくれたらわかりやすい。その辺が講談と落語の違うところですが、ひとくさりやらせていただきます。「太閤記」の中より「太閤の風流」と題する一席でございます。(「太閤の風流」の一席・省略)

対談 近畿大学教授 浅野洋さんと

【浅野】 日本の言文一致について、落語の三遊亭円朝の速記本ばかりが研究者によって取り上げられていますが、実は大きな役割を果たしたのは講談本だと。

【南陵】 口語体の文章を大衆に提示したのは、地の文が平易で読みやすい講談の速記本ではないかと思っているんです。

【浅野】 日本近代文学研究者にとっても刺激的な発言ですね。明治19年の天覧講談会以後、講談が盛んになり、東京だけで100余りの講談専門の定席があったといわれていますが、それがだんだん衰微していく。戦後、落語と講談の明暗を分けたものは何だったとお考えですか。

【南陵】 一つは、笑いの持っている力。それから、速記本を出したがために、講釈場に行かなくても講談を楽しめるようになったこと。戦後はマスコミが発達し、情報量を圧倒的にお客さんの側が持つようになったことも影響していると思いますね。
浅野教授WEB用.jpg
【浅野】 テレビの普及というのも大きいんじゃないでしょうか。

【南陵】 テレビというのはバーチャルなんですね、劇場中継やっていても本当じゃないんです。でも、それを見て納得をしてしまっているというところが現代人の不幸なところなんです。

【浅野】 さきほど、南陵さんが講談を一席やられましたけれども、チラシをめくる音とか、鉛筆を走らせる動作だとか、南陵さんも、そういう観客を見ながら話されているわけですね。

【南陵】 同じ息づかいをしてるから、同じとこで笑えるんです。

【浅野】 語り手がいて、その場を共有する聞き手がいて、つまり、これは音読でなきゃ無理なわけですね。精神的な一種の共同体をその場でつくることでもあるわけです。音読の衰退は、共同化社会の衰退ともつながっている気がします。

【南陵】 2代目の南陵は幼いころ講釈場に行って、それをまた家族にしゃべってるんです。能力というのは、音読を繰り返し、しゃべることにより発達していくんだと思いますね。

【浅野】 お弟子さんでユニークな方がおられるようですが。

【南陵】 ガンダム講談というのがあります。ガンダムなんて、私、知らなんだんです。

【浅野】 旭堂南半球さんのガンダム講談。それから、太平洋さんが競馬講談。南陵さんはお弟子さんを非常に自由闊達(かったつ)に育てていらっしゃって。

【南陵】 ガンダムなんて、20代後半から40代前半ぐらいの人はものすごく好きなんですね。ただ、ガンダムも、地球連邦軍とジオン軍か何かの戦物なんで、軍記物のリニューアルなんです。ああそうか、『源平盛衰記』の義経を知らんでも、ガンダム知っている人はたくさんおるから、それはそれで受けるなと思ったから許可したんですが、大当たりですわ。

【浅野】 南陵さんが先代からけいこをつけてもらっていた時、それを記憶しようと走って帰って、忘れないうちに必死になってメモをしたというようなことをおっしゃっています。やっぱり耳で聞いて、手を使って、師匠の身体感覚も思い出しながら自分の身の中に入れていくというのと、耳から言葉で、そのまま一方通行というのでは、何か違うような気がします。

【南陵】 僕は、教える時は、最後の10分間、感想を全部書かせます。新聞を読めと言っているのは、その記事の周辺の記事もみんな目に入るから。辞書を引くと、隣の漢字までわかるわけです。でも、電子辞書はそれだけでしょう。目的のためだけにしか、機械文明というのは発達してないんです。

会場WEB用.jpg

◇きょくどう・なんりょう 1949年大阪府生まれ。近畿大入学と同時に旭堂南陵に師事。99年度「上方お笑い大賞審査員特別賞(読売テレビ)」、2001年度「芸術祭優秀賞(文化庁)」などを受賞。『明治期大阪の演芸速記本基礎研究』の著作もある。
◇あさの・よう 1947年石川県生まれ。立教大大学院修了。専門は日本近代文学。芥川龍之介、夏目漱石、森鴎外、樋口一葉、谷崎潤一郎、太宰治などに関する著書や論文がある。
<読書教養講座>
 本好きの学生を増やそうと、2005年から大学の協力を得て始めた正規の授業。活字文化推進会議から作家などの特別講師を派遣し、一部は市民にも公開している。現在、開講しているのは近畿大のほか、関西大、青山学院大、西南学院大。

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