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新!読書生活

2008/05/12

第15回「青春時代に出会う言葉」

■出演
重松清さん(作家)
糸井重里さん(コピーライター)

 読書の魅力を伝える対談シリーズ、第15回「新!読書生活」(主催・活字文化推進会議、主管・読売新聞社、協賛・光文社、文藝春秋)が4月15日、東京・渋谷区のSYDホールで開かれた。作家の重松清さんとコピーライターの糸井重里さんが、「青春時代に出会う言葉」をテーマに語り合った。今回推薦された本は、12日から、全国138の書店で「新!読書生活ブックフェア」として展示・販売される。

基調講演/重松清さん

根っこに『成りあがり』

20080512sigematsu3.png 30年前のぼくは、山口県の小さな町で暮らしている全くさえない高校1年生でした。部活動のハンドボールもすぐにやめてしまうし、女の子とつきあうこともない。当時はつっぱりと言ったんですが、悪いことをする度胸もない。それでも何かをやりたい、おれがこのまま終わるはずがない。「どげんすりゃええんかのう」と悶々(もんもん)としていました。

 そんな時に、中学生のころから大ファンだった矢沢永吉さんの自伝『成りあがり』が出ました。引っ越し屋でアルバイトして稼いだお金で買いました。そして何百回と読み返しました。本気になって。

 心を動かされた所には線を引きました。ぼろぼろにすり切れてしまいましたが、今でも持っています。「初恋の相手とは結ばれない。それが人生」という文章に線を引いてあるのをかみさんが見て、結構たいへんな目にあったんですが(笑)。

 とにかく本当に勇気をもらったんです。実家は経済的に豊かではなかったので、学費免除の成績優秀者になるべく受験勉強をがんばって大学に合格し、夜行列車で東京に出てきました。現在のぼくの根っこには、『成りあがり』との出会いがあります。本当に幸せだったと思います。

 本との出会いは、何も名作である必要はありません。不意打ちのようにして、たまたま目にした言葉や手にとった一冊の本に救われることは絶対にあると信じています。また信じているからこそ、自分が本を書く側に回っているんです。

 糸井さんの言葉との出会い

 本日のゲストの糸井重里さんは、永ちゃんが話したことを文章にした人です。『成りあがり』以降、糸井さんはどんどん有名になっていきました。ぼくは学生時代を「不思議、大好き。」とか「おいしい生活。」といった糸井さんの作り出した言葉をシャワーのように浴びて送りました。当時の大学生だったらみんな持っているような『糸井重里全仕事』からも、長編の名作に負けない多くのものをぼくはもらっています。

 還暦になった糸井さんは、インターネットの世界で、様々な言葉を発信しています。言葉が伝わる、届くということを本当に信じていらっしゃると思います。糸井さんの言葉に対する思いを今でも学びながら、ぼくは小説やエッセーを書いています。

 矢沢さんの生き方と糸井さんの言葉との出会いが、ぼくにとっての恩人なんです。

  

 一冊が青春の突破口に 〜トークショー

あれこれ無理に「読んだ」 

20080512itoisigematsu.11png【重松】糸井さんが青春時代に出会った一冊の本や言葉にはどのようなものがありますか?

【糸井】重松さんにとっての「永ちゃん」のように気持ちよく言い切れる物語はぼくにはなくて。豊かではないが困ってもないという家に生まれ育った、小生意気なこと言ってるだけの普通の少年だったから。そんな子にとって何か一つのものってないんですね。つまり与えられたおもちゃが一つしかなかったら……。

【重松】しゃぶり尽くしますよね、そのおもちゃを。

【糸井】いくらでもとは言わないけど適当におもちゃが転がっている中流の家の子は、平気で「死んでも」とか「命かける」とか言うじゃないですか。何かを物語化するためには命まで持ち出さなければ自分の平凡さを脱しきれないんですよ。

【重松】無理やり追い込まないとだめなんだよね。

【糸井】そう。その意味ではふわふわしていて、北杜夫とか星新一とか、生意気になってからは大江健三郎やマルキ・ド・サドなども無理して一生懸命読みました。何が書いてあるかわからなくたって、友だちの前で「読んだ」と言いたいから花田清輝を手にとったり。

【重松】糸井さんの青春の読書はAランチなんですね。メンチカツもありスパゲティナポリタンもあり、ちょっとずつ食べているうちに全体像が見えてくる。ぼくはソーメンなんです。それだけをひたすら食う、とにかく食う。

 

 「はぐれているやつ」

20080512itoi2.png【重松】吉本隆明さんの『最後の親鸞』を推薦本にあげていますね。

【糸井】学園紛争が盛んな時代に青春時代を過ごしました。東大の安田講堂が落城して政治の季節が終わり、大学をやめて故郷に帰った。そんな負け戦のある日、たまたま読んでみたらもうびっくりしちゃった。それまでずっと知的であると考えていたことが無価値であると書いてあった。「あほでいいぞ」と。青春のびっくり本です。うわー、道を変えなきゃというぐらい。

【重松】『成りあがり』にかかわったころは、糸井さんも有名ではありませんでしたが、巻末に「はぐれているやつに読んでもらいたい」と書いています。

【糸井】「アイ・ラブ・ユー OK?」と言い切ってしまう矢沢さんの登場は、学生運動に参加した経験を持つ同世代にとっては劇画のようでした。全共闘運動も終わり、挫折した、全部負けた、どうしたらいいんだと悩んでいるのは本当は少数派だったんですよ。大学生の数はまだ少なかったから。

20080512sigematsu4.png【重松】邪魔だな、と思いながらデモ行進の脇で配達の車を運転していたりする若者の方が多かった。メディアを通したらその図式はなかなか見えてきません。

【糸井】『成りあがり』のあとがきは、それまでの自分に対する嫌がらせでもあったんです。お前は利口ぶってるけれど本当は何もわかっていない、はぐれているのはお前じゃんという。

 【重松】『叱り叱られ』はサンボマスターの著者が、山下達郎さん、大瀧詠一さん、岡林信康さんなど自分よりずっと年上のミュージシャンにインタビューしている本です。ものすごく生意気なことをたくさん話しているのだけれど、「あなたの音楽をずっと聴いてきたんだ」「あなたが好きなんだ」という「好き」にあふれているんです。

【糸井】帯にも「僕の好きな先輩」とありますね。

 

 テングザルはなぜ面白い


20080512itoisigematsu1.png【重松】糸井さんの代表的なコピー「不思議、大好き。」は、手あかがついた言葉だからこそ心にストンと入りました。

【糸井】手あかがついた言葉は大好きです。RCサクセションの忌野清志郎君が詩人としてすごいのは、「お前が好きさ」みたいな手あかのついた言葉をそれしか言えないみたいな感じでわざと使ったことです。「四の五の言わずにアイ・ラブ・ユーだぜ」みたいな永ちゃんと同じで、ある時代の方法論のような気がします。

【重松】小説でも作り込みすぎるのは良くないとか言う人がいて、それを真に受けて書いたら手抜きだとなってしまうわけでなかなか難しい。ただ小説には、行間の読み方、読ませ方ってあるんですよね。

【糸井】コピーには行間がないように見えますが。

【重松】言葉の断片から、物語や磁力を放ってくるじゃない。スタジオジブリの『もののけ姫』で「生きろ。」というコピーを作られました。ぼくの小説のテーマもそれなんだけど、おれは長い枚数かけているのに、そっちはたった3文字かよ、3文字でそれだけドーンとくるのかよと。

20080512itoi1.png【糸井】コピーは書いてある文字というのはすごく少ないのですが、書いてないところに何かがたくさんあるからみんなが喜ぶんです。

【重松】書いていないところ?

【糸井】鼻の形に特徴のあるテングザルっているでしょ。見るとすごく面白いんだけど、面白さのポイントは何だと思う? 鼻が面白いというのは大間違いで、実はそんな鼻をしながら、じっとこちらを見つめる真剣な目が面白いんですよ。

【重松】つまり「生きろ。」という文字はテングザルの鼻で、大事なのは余白の部分なんだ。

【糸井】余白の部分が実はメーン。広告の言語にはとんでもない主語のあいまいさがあります。「生きろ。」も主語を相手に渡してしまってあるので、「お母さんに言われた」とか「自分の子どもに言いたい」とか、見る人自身の物語が生まれるんですね。

 

 鼻を持っていなくても

20080512sigematsu5.png【重松】推薦本に戻りますが、『いつも見ていた広島』は、吉田拓郎の青春時代を描いた話です。拓郎さんはデビューする前、バンドを組んでいたのですが、だんだんとソロ活動に移っていく。先ほどの主語の話で言えば、「おれたち」から「おれ」に成長していく物語。仲間との出会いと別れを描いた青春文学だといえると思います。

【糸井】『いま生きているという冒険』を書いた石川直樹君は、地球上で行っていない場所はないという、いわゆる冒険者のカメラマンです。北極点にも南極点にも到達し、各大陸の最高峰も全部登った。様々なすごい体験をしているのだけれど、実際に仕事でお会いしてみると、さあおれの話を聞いてくださいというぎらぎらした感じが全くないんです。冒険の話がテングザルの鼻だとすると、彼はそんな鼻など全く持っていないような目をしているんです。

【重松】淡々飄々(ひょうひょう)としている創作者はかっこいいですよね。もしかして石川さんの瞳の美しさは、糸井さんのインタビュアーとしての資質にもよるのではないですか。話すことが得意ではない職人さんなどのような人から言葉では説明できないようなことを引き出すのがとても上手です。

【糸井】それは大好きですね。言葉の達者な人間って権力だと思うんですよ。コロシアムで闘っているのと同じで、言葉を持っていない人は能弁な人に従わざるを得ないところがある。うまくしゃべれない子どもにも、実際は大人より優れた点はいくらでもあるはずなのに。

【重松】『小さいことばを歌う場所』を推薦しましたが、小さい言葉で本当にいいと思うのね。僕、ずっと子どものころから吃音(きつおん)で、人の目を見て胸張ってしゃべれなかった。でもハキハキ言うのではなく、ボソボソしゃべっても全く構わないと思う。

 

 「とにかく読んで下さい」

20080512itoisigematsu13.png【重松】糸井さんはネット上で『ほぼ日刊イトイ新聞』を出していますが、園芸の世界もほぼ毎日ですね。

【糸井】『園芸家12カ月』は、さっきのテングザルの目玉のようなユーモアがあり、文章表現を学ぶんだったらこれだということがよくわかる本です。

【重松】カレル・チャペックはチェコの国民的作家で、ロボットという言葉を発明した人ですが、死因は何だか知っていますか?

【糸井】知らないです。

【重松】毎日の植物の世話が大好きで、嵐の日も庭の手入れをしたら、雨に打たれて肺炎になって亡くなってしまった。だから、ほぼ毎日の方がいいんだよね。でも亡くなった翌日の新聞に最後のコラムが掲載された。

【糸井】面白いといったら失礼だけど面白いね。命の全うの仕方が。でも何か分かるような気がする。

【重松】『山椒魚戦争』のような長編も書いたけれど、短い断片のような文章に素晴らしいものがたくさんあるんです。ルナールの『博物誌』など、ヨーロッパにはそうした伝統があります。最後に残った『21世紀の国富論』ですが?

【糸井】著者の原丈人さんは、普段はアメリカにいて共和党の経済顧問などしているんです。もともとは考古学をやりたくてスタンフォードに行ったんです。考古学をやるにはお金がかかるからと、投資家になって大金持ちになり、識字率を向上させるためにバングラデシュでネットを利用した教育システムを作ったりしています。
 こんな人いるのと驚くほど、持っているものの埋蔵量が大きい人です。日本の色々なリーダーたちに怒りを感じている節が見えます。とにかく読んでくださいというしかありません。

【重松】ぼくが、矢沢永吉さんと糸井さんの影響でそうなったように、日常の中で、何かが突然揺らいで突破口が開き視界が広がることは、人生において必要だと思います。一冊の本や言葉との出会いが、皆さんにとってそのきっかけになればうれしいです。
 
 

 ◇重松清(しげまつ・きよし)さん

 1963年生まれ。作家。『ビタミンF』で直木賞、『エイジ』で山本周五郎賞、『ナイフ』で坪田譲治文学賞。家族、いじめなど現代社会が直面する問題を誠実に見つめた話題作を次々と発表している。

 

 ◇糸井重里(いとい・しげさと)さん

 1948年生まれ。コピーライター。80年代に「不思議、大好き。」「おいしい生活。」など斬新なコピーを立て続けに発表。以後、映画、テレビ、ゲーム、ネットなど幅広い世界を舞台に時代の先端を走り続けている。

 

 第15回「新!読書生活」を収録したCS放送「日テレG+」の読売スペシャル(1時間番組)は、5月25日午後4時と同10時45分から放送する。
  
 

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