21世紀活字文化プロジェクト

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新!読書生活

2009/03/06

第17回「エンターテインメント小説の水平線」

■出演
海堂尊さん(作家・医師)
筒井康隆さん(作家・俳優)

 読書の魅力を伝える対談シリーズ、第17回「新!読書生活」(主催・活字文化推進会議、主管・読売新聞社、協賛・角川書店、宝島社、東京創元社)が2月4日、東京・千代田区で開かれた。作家で医師の海堂尊さんと、作家で俳優の筒井康隆さんが「エンターテインメント小説の水平線」と題し、小説にかける思いや文学界の将来などについて縦横に語り合った。この中で紹介されたおすすめ本16タイトルは、3月6日から、全国の133書店で「ブックフェア」として、展示・販売される。

〜基調講演〜 海堂さん 

読み始めると一つの世界


 小説というのは無限の可能性があり、その中でもエンターテインメント小説は花形だと思います。昨今景気の悪い話が続き、出版不況も言われていますが、エンターテインメント界は華やかに派手にといつも考えています。

 華やかというのは、いろんな花が百花繚乱(りょうらん)に咲き誇っている状態です。一冊の本というのは一つの世界です。読み始めた時に一つの世界が開ける。閉じた時にその世界が完結する。海堂H.jpg

 新しい世界に接した人は、それを知らなかった時には戻れない。読書というのは生きていくことをとても豊かにしてくれるものです。物書きの片端に身をおいた私としては、出来るだけ楽しんでいただけるような本を書くのがいまやデューティー(義務)になりつつあり、その重さにぜいぜい言いながら、好き勝手書いているわけです。

 私が小説を書き始めたのは3年ほど前。それも唐突にトリック・ネタを思いついたからという、非常に突然変異的な生まれ方をしています。私自身は書くことがとても楽しくて、それが多くの方に読んでいただいているという非常に幸せな状態にあります。ですからわりと純粋な気持ちで書けています。

 一方、読者としてはどうかと言いますと、自分の読書生活は非常にむらがあります。ある時期は集中してガーッと読むのですが、全く読まないという時期もありました。例えば外科医になった5、6年間はほとんど本を読んでいません。読書生活の暗黒時代です。それがあったので、リセットして新しい気持ちでまた読書生活に入ったのですが、3年前にデビューしてしばらくしてから皮肉なことに忙しすぎて、また暗黒時代に入ってしまいました。

 読書ナビゲーターとしてはあまりふさわしくないのですが、そこで筒井先生に助っ人をお願いしました。
 筒井先生は数多くの優れた作品を書かれています。自分の本が出て、書店で筒井先生の本と並んだ時にがく然としたことを覚えています。

 今回の対談では筒井先生にいろいろ教わりたいと思っています。新人が大先輩に教えを請うわけで、聴衆の皆さんにも学び取っていただけることが、確実にあると思います。

 

〜トークショー〜 海堂さん&筒井さん

本は実に優しい友達


 【海堂】 筒井先生の本は中学時代から読んでいます。先日、実家に帰って見たところ、文庫本が山のようにありました。まず「エンターテインメント小説」とは、どういう輪郭だとお考えですか。

 【筒井】 今、一般にエンターテインメント小説と純文学の境界線がなくなっていると言われています。ただ、エンターテインメントが文学の中核をなすものであるということは言えると思います。エンターテインメントがいま、一番元気ですね。

 【海堂】 良いエンターテインメントはどうやって見分ければ良いのか、創作する時にはどのようなことを心がければいいのかという点を伺いたいのですが。

 【筒井】 これは、あらゆる小説をたくさん読んでいただくしかないわけです。ただ、だめなエンターテインメントは、2、3冊読めば分かります。例えばページを開いて、上半分にずっと字が並んでいて、下半分は真っ白というのがある。会話だけで進行させているという、いわば「手抜き小説」ですね。

 【海堂】 筒井先生が書かれた「ダンシング・ヴァニティ」はものすごい量の字が詰まっていますね。

 【筒井】 私が手抜きの話をした直後に「ダンシング・ヴァニティ」を挙げられたのは、あの繰り返しが「手抜き」と思われたのかもしれませんね。あれにはちゃんと文学的な野心、意図というものがあるんですよ。

 【海堂】 手抜きだなんてとんでもない。あの作品を拝読して思ったのは「作家が作品を作っていくときの思考を水平展開したものだ」と。一つのコアの文章を書いた時に、「ここをこうした方が面白い、ああした方が良い」と作家は考えるんですけれど、それを全部展開して、文学作品として加工したものだと。つまり、思考過程をも小説にしてしまった作品だと解釈しました。

 【筒井】 その通りです。私が最初に思いついたのは音楽なんです。音楽には繰り返しというものがあります。良いメロディーを聴いた時に聴衆は「もう一度聴きたい」と思うわけです。そういう繰り返しが小説で出来ないだろうかと。そのためには、しっかり面白い文章を書かなければいけないという、自分に対する縛りでもあったわけです。

 【海堂】 筒井先生は大家なのに、今なお模索されている。新しいものを創(つく)り続けていらっしゃる。最近出版された『壊れかた指南』の帯に「筒井康隆は壊れ続ける」とありますが、本当は「壊し続ける」ではないのですか。

 【筒井】 何か壊そうとする時は、自分が壊れないと駄目なんですね。作家であっても、生活をしているわけですから、常識というものからは逃れられない。その常識から、いかに抜け出すかということに苦労しているわけです。今、小説全体に元気がない中で、読者の目を向けさせるためには、やはり何か新しい試みをしなければいけない。

 【海堂】 新しい試みが読者を引きつける。筒井H.jpg

 【筒井】 読書の潜在人口というのはあるわけですね。日本人は全員が字を読める。私は楽観的な人間なので、いずれ何かすごい作品が出たら、皆がそれに飛びつく。そして、その作家の他の作品を争って読み、続けざまにほかの作家の作品も読むという読書の黄金時代が来る可能性が常にあると思っています。

 【海堂】 そういう黄金時代が来るという点に関しては私も全く同感で、悲観はしていません。本というものの特質は絶対なくならないと思います。本というのは、実に優しい友達で、自分が必要とする時に、いつでも来てくれる。開けばすぐに本の世界が広がる。こういう素晴らしいメディアがすたれることはない。

 【筒井】 作家としての良心を持つ限り、良いものを書こうとするに違いない。ですから、いま残っているものは良い作品と解釈していい。ほとんどの古典は今の人が読めば、エンターテインメントとして読めます。まず古典を読んでくださいと申し上げたい。

 【海堂】 ところで、筒井先生が影響を受けた作家はどなたですか。

 【筒井】 最初文体にひかれたのはヘミングウェーでしたね。発想とか虚無感とかいったものはカフカの影響をだいぶ受けています。

 【海堂】 私は文体として一番影響を受けたのは筒井先生です。雰囲気としては庄司薫さん。何か水と油みたいな感じですが。

「三国志」は基本

 【海堂】 このあたりでおすすめ本の話に移りたいと思います。私が最初に挙げるのは『三国志』です。吉川英治先生の作品は、もう古典と言って差し支えないですよね。冒険小説、英雄譚(たん)の大基本です。『三国志』から派生したいろんな物語があり、昨今で一番画期的だったのは、曹操の観点で書かれた『蒼天航路』という漫画です。曹操が大英雄として描かれています。

 【筒井】 『三国志』はいろんな作家が書いていて、漫画では横山光輝さんの大長編もありますね。私のおすすめの古典は『モンテ・クリスト伯』。『巌窟王』です。小学校5、6年生の時でしたが、とにかく面白くて一晩中読んでいた記憶があります。つくづく思ったのは「児童用にリライトしたものでなくて良かった」ということです。児童用のものは細部を省きますから。その細かい省かれたところが面白いのです。

 【海堂】 私の2冊目は阿佐田哲也先生の『麻雀放浪記』。大学に入って麻雀(マージャン)を覚えました。その時に読んで心酔して麻雀を打っていた記憶があります。そのため1年余計に大学生活を送るはめに。非常に恨み深き作品です。

 【筒井】 確かにこれは「悪書」です。私も夢中になって読みました。この小説は、固有の文体があるという意味で純文学なんですね。著者は純文学でたくさんの賞を取りました。

 【海堂】 青少年には取り扱い注意という名作ですね。

読書の黄金時代来る

 【筒井】 次は楊逸さんの『金魚生活』。著者は中国の方です。最初芥川賞候補になった時、「日本語がこなれていない」と落とされてしまった。ところどころに、中国の言い回しやことわざが入っているからかな。逆にそれが異化効果を生んでいる非常に良い作品です。ぜひ読んでください。

 【海堂】 『ジョーカー・ゲーム』は柳広司さんのミステリーです。本を読めない時期に遭遇して、吸い寄せられるように読んでしまいました。

 【筒井】 私も非常に面白かったです。5作の連作で1、2話は最高の出来。ただ、それ以降ちょっとテンションが……。連作というのは非常に難しい。次は池上永一さんの『テンペスト』。分厚くて2段組みの上下巻です。主人公がとても魅力的で、主人公の人生と一緒に自分が歩んでいるという感じになる。じっくり読まれるべき本です。

 【海堂】 浅田次郎さんの『プリズンホテル』は、ある学会に出張に行った時に、ふらりと入った本屋で手にしました。徹夜に近い状態で読んでしまい、翌日の発表がぼろぼろになったのを、トラウマとして思い出します。

 【筒井】 エンターテインメントの魅力はキャラクターです。最初の方でひと癖もふた癖もある人がプリズンホテルに集まってくる。大騒ぎが起きることは目に見えているわけで、わくわくします。後半が人情話になってしまうのは私の好みではないけれど、浅田さんはそれが持ち味なんです。

 【海堂】 次は最近の作品ですね。

 【筒井】 桐野夏生さんの『東京島』は谷崎賞に私が推薦し、受賞した作品です。孤島ものには『ロビンソン・クルーソー』や『十五少年漂流記』、『蠅の王』がありますが、これらとはまったく違うんです。孤島でどうやって生きていくかということには主眼を置いていません。一人の女性をめぐって孤島の中で行われる男女関係の縮図が醜悪に描かれている。読んで不愉快になる人もたくさんいるわけですが、これは文学的不快さということで評価されるべきです。聴衆H.jpg

 【海堂】 筒井先生の著作では『銀齢の果て』のお話をさせていただきます。いわばお年寄り版の『バトル・ロワイアル』。キャラクターの一つ一つの動きや物語の展開が、大変勉強になり、面白く読ませていただきました。

 【筒井】 私の方からは『チーム・バチスタの栄光』。この小説の優れているのは、一番強烈なキャラクターを真ん中辺で出していることです。事件が盛り上がって、どうにもならない時に、これが出てくるというのがすごい。夢中になりました。その後の海堂さんの活躍は皆さんご存じですが、どんなにたくさん作品を書かれようとも、これは残ります。

小説の花


 【海堂】 「誰でも1冊は本を書けるのだ」ということを小学生の時に聞きました。それを胸に抱いて書いたので、あの本が残ると言われ大変うれしく思います。エンターテインメントは小説の花ですから、これを咲かせないことには文学界全体が地盤沈下を起こしてしまう。読者の皆さんには、面白いものを読んだ時「気に入った」と発信していただけると、世界を豊かにするのに必要な光と水になると思います。

 【筒井】 あるジャンルの小説は読むが、他は読まないという読者がいます。ミステリーばっかりだったり、SF専門だったり。純文学のみという人もいる。これはあまりよくない。すべてにわたって読んでいただきたい。私はミステリーや「萌(も)え小説」も書いている。これは、読んだ人が私の他のジャンルの小説を読むように仕向けたいという戦略です。読者に一方的に「たくさん読め」というだけではなく、読まざるを得ないようにしていく戦略が作家には必要ではと思います。

◇かいどう・たける 1961年生まれ。2005年「このミステリーがすごい!」大賞を受賞。『チーム・バチスタの栄光』で作家デビュー。『死因不明社会』で科学ジャーナリスト賞受賞。近著に『イノセント・ゲリラの祝祭』など。
◇つつい・やすたか 1934年生まれ。日本SF黎明(れいめい)期の60年にSF同人誌「NULL」を主宰。同年「お助け」でデビュー。SFのほか、純文学など他分野の作品も多い。近著に「ダンシング・ヴァニティ」など。 

 

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