21世紀活字文化プロジェクト

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新!読書生活

2010/03/25

第21回「物語と旅」

■出演
夢枕 獏さん
松原 隆一郎さん

 読書の魅力を伝える対談シリーズ、第21回「新!読書生活」(主催・活字文化推進会議、主管・読売新聞社、協賛・徳間書店、双葉社)が3月9日、東京・新宿区の住友ホールで開かれた。作家の夢枕獏さんが「物語と旅」をテーマに講演した後、格闘技ファンという共通項から親交の深い東大教授の松原隆一郎さんと対談。旅に持っていく本から、「太宰論」、夢枕さんの文壇デビュー時の話まで幅広いトークで会場を沸かせた。

〜基調講演〜 夢枕 獏さん 「物語と旅」

人間を駆り立てる何か

 (翌日に熊本への取材旅行を控え、釣り道具や仕事道具を詰め込んだリュックサックを抱えて登場)

 孫悟空に助けてもらいながら、玄奘三蔵というお坊さんW夢枕さん.jpgがインドまで旅をするという西遊記という話があります。玄奘三蔵の跡をたどってみて、知的な飢えとか、こうしなきゃ、もう生きていけないんだというものに突き動かされて、玄奘は旅をしたということがわかりました。インカ帝国を征服したピサロのことを書くために、ピサロの歩んだ跡も行ってきました。ピサロは母国で食い詰めて、どうしようもなくてインカまで行ってしまうのです。インカ古道なんか、ものすごい所です。そういう行動に人間を駆り立てるのは、心の内に持っている、すごくやむにやまれぬ何かだろうと思うんです。

 小説を書くという作業にも、似たようなものがありそうです。人間の行動の元になる欲望、フロイトがいうリビドーというものでしょうか。僕の場合、これをどうしてもやりたいんだとか、やむにやまれぬものが、原稿を書くと少しずつすり減ってきているように感じます。楽になっていると思う反面、玄奘やピサロを旅に突き動かした飢えみたいなものがなくなってしまうと、小説を書くという旅ができないんじゃないかと怖くなることがあります。

 だけど、うれしいことに人間には寿命があります。80歳か90歳あたりまでだったら、リビドーは死ぬまで持つでしょう。それまでに本という文化がなくなって自分しか読者がいなくなっても、無人島でたった一人になっても、僕は死ぬまで書けると思います。釣りも大好きですが、一番好きなのはやっぱり小説を書くことですから。

〜トークショー〜 夢枕 獏さん&松原 隆一郎さん

【夢枕】 旅に出る時に持っていく本は、どういうふうに選んでますか。

【松原】 どんな種類の旅かにもよるんですけど、目的のない旅のときは、軽い英語の本を持っていきます。英語が簡単で、あまり辞書を引かなくてもいいシドニー・シェルダンとか、マイクル・コナリーとか。

【夢枕】 英語の本を持っていくんですか。すごいなあ。

W松原さん.jpg【松原】 ずっと読んでいるわけじゃないんです。ただ、読み始めると、日本や日常のことを忘れられますから。獏さんはどうですか。

【夢枕】 僕は、チベットとかタクラマカン砂漠とか、1週間、車で走り続けても風景の変わらない所に行くケースが多くて、感動する力がすり切れてくるんです。そんなとき、宮沢賢治のような潤いのある日本語を読みたくなります。あとは、俳句の本や科学書、宇宙論の本。ふだんだったらあまり読まないようなものを選んで持っていくことが多いです。

【松原】 旅先のことが書いてある本は持っていかないんですか。

【夢枕】 最近はちょっと軟弱になったのかどうか分かりませんが、『地球の歩き方』を持っていくことが多くなりました。

【松原】 僕は去年、太宰治の生誕100年で青森に行った時、『津軽』を持っていったんです。(本を手に取りながら)1行目で「ね、なぜ旅に出るの?」って女が聞いて、太宰は「苦しいからさ」と答えています。

【夢枕】 太宰らしいですね。次の3行目がいいじゃないですか。「あなたの苦しいは、おきまりで、ちっとも信用できません」

【松原】 太宰の小説はタイトルが格好いいですね。『斜陽』『二十世紀旗手』『ヴィヨンの妻』。ただ、よく分からないのは、太宰という人は何回自殺未遂をしても、復帰してすぐに小説を書いていること。スランプはなかったんでしょうか。

【夢枕】 天性の何かがあったんじゃないのかなあ。死ぬことをぱっと決められて、書き出すときも、すごく自然な力で書き出したんじゃないんでしょうか。でも、僕もあんまりスランプはないし、怖くもない。

【松原】 書くことをもう全部決めてあるからじゃないですか。

【夢枕】 それだけじゃないですね。一生書くって決めると、スランプって、たかだか数か月だったり1年だけのことなんですよ。ちょっと窓の外を流れる風景みたいなものなんです。

W対談 修正.jpg

お薦め

【夢枕】 お薦めの本を紹介しましょうか。生涯に何冊かすごいと思った本があって、一冊が前野隆司『脳はなぜ「心」を作ったのか』。私がいるから脳が動くのではなくて、脳が動くから私が生じると書いてある。「私」とは何かとか、前から謎だったことが見えるようになりました。松原さんの推奨本で気になっていたのはレビストロース『悲しき熱帯』。

【松原】 著者が30歳前後でブラジルに渡った際の紀行文です。未開の人たちと出会った印象や「旅とは何か」が書かれているほか、文明が自然環境、人間関係を壊してしまうことが先鋭的に予言されています。

【夢枕】 世界の名著と呼ばれて昔からずっと売れ続けていますね。

【松原】 哲学者の鷲田清一さんの『京都の平熱』は、市バス206系統の路線をたどって、京都を案内する内容です。外見は古いのに、建物の中に足を踏み入れるとモダンがあふれている、京都人は新しいものが好きだみたいな話が延々と書かれている。

【夢枕】 もともと京都は新しいものが一番最初に入ってきた場所で、遣唐使船なんかがやってくると、貴族たちの間では長安ではやっている服装が話題になっていた土地柄ですから。

おすすめ本リスト 修正.jpg

編集者

【松原】 獏さんがいい編集者と巡り合った時の話をしたいと思います。世の中には流行作家の席の数は昔から決まっていると言われたんですよね。

【夢枕】 20代の頃です。編集者から「流行作家のいすがいくつあるかご存じですか」と聞かれ、知らないと答えたら、「15あるんです」と言うんです。「なぜ分かるんですか」と尋ねたら、「数えました」と。ちょうど新田次郎さんがお亡くなりになった頃で、「今、いすが一つ空いています。ぜひ、そこに座ってください」と言われました。

【松原】 そして、山岳小説を手がけると言ってから、エベレストの無酸素単独登頂に挑む男を描いた『神々の山嶺(いただき)』を書くまでに15年の月日が流れたんですね。

【夢枕】 編集者から山岳小説を書くようにせっつかれても「まだ準備が足りません。ヒマラヤにあと2、3回行かないと無理です」と話していたんです。そしたら「格闘技の話をやりましょう」と勧められ、プロレスの話をずっと書いてきました。

【松原】 もちろんヒマラヤに行って取材をしておかないと書けない作品ですが、もう一方で、僕の勝手な解釈だと、文体がおそらく必要だったのではないでしょうか。主人公の登山家が酸欠となって意識が薄れていく最後のシーンには、格闘家の意識をつぶやくような文体が出てきます。格闘技の小説を書くうちに文体が作り出され、『神々の山嶺』が生まれたのではないかと思いました。

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◇作家 夢枕獏さん(ゆめまくら・ばく) 1951年、神奈川県小田原市生まれ。『サイコダイバー』『闇狩り師』などの伝奇バイオレンスシリーズでベストセラー作家に。他の代表作に『陰陽師』『キマイラ』シリーズ。格闘技小説も手がける。
◇東大教授 松原隆一郎さん(まつばら・りゅういちろう) 1956年、神戸市生まれ。社会経済学、経済思想史専攻。社会科学と俗世に関する該博な知識を駆使して論壇でも活躍。柔道、空手の有段者で、格闘技雑誌にも連載をもつ。

【主催】活字文化推進会議
【主管】読売新聞社
【後援】文部科学省、文化庁、NHK、日本書籍出版協会、日本雑誌協会、読書推進運動協議会、日本出版  取次協会、日本書店商業組合連合会、出版文化産業振興財団、日本図書館協会、全国学校図書館協議会

◎第21回新!読書生活「物語と旅」を収録したCS放送「日テレG+」の読売スペシャル(1時間番組)は、5月8日午前11時と同9日午前11時半、午後4時から放送します。

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