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新!読書生活

2011/02/23

第24回「スティーヴン・キングの魅力」

■出演
冲方 丁さん
白石 朗さん

 読書の魅力を作家などが語る第24回「新!読書生活」(主催・活字文化推進会議、主管・読売新聞社、協賛・角川書店、マガジンハウス)に、『天地明察』で本屋大賞を受賞した冲方丁(うぶかたとう)さんが登場した。アメリカのモダンホラー作家スティーヴン・キングの熱烈な読者という冲方さんは、数多く翻訳を手がける白石朗(ろう)さんと対談、作品の魅力と奥深さから、翻訳の裏話まで熱いトークを繰り広げた。

対談 冲方 丁さん & 白石 朗さん

リッツカールトン2.jpg               談笑する冲方丁さん(右)と白石朗さん

モダンホラーの帝王 誰にでも分かる恐怖

〈スティーヴン・キング〉
 1947年、米メーン州ポートランド生まれ。「モダンホラーの帝王」と呼ばれる。高校教諭、クリーニング店の従業員などをしながら執筆活動に励んだ。74年に『キャリー』でデビュー。『シャイニング』『ペット・セマタリー』などベストセラーを連発。『ショーシャンクの空に』(原作は『刑務所のリタ・ヘイワース』)、『グリーン・マイル』は映画化され、人気を集めた。日本の作家などにもファンが多い。

―お二人とも年季の入ったキングファンと聞きました。

冲方丁さん.jpg【冲方】 寝る前にうっかりキングの本を手にしたらページをめくる手が止まらなくなってしまうのですが、白石さんはどうですか。

【白石】 読者としても翻訳者としても胸ぐらをつかまれて引き込まれる瞬間があります。近々邦訳が刊行される『アンダー・ザ・ドーム』は長大な作品ですが、最後まで全力疾走で物語が展開されています。

【冲方】 『トム・ゴードンに恋した少女』という、主人公がハイキング中、道に迷ってしまい、森をさまようという比較的単純なストーリーの作品がありますが、早く脱出してくれないと自分が死んでしまうかのような気持ちにさせられてしまう。

【白石】 伝統的な恐怖小説を「モダンホラー」として一般に広めた功績者とされるキングが、一番武器にしたのは誰にでも分かる恐怖です。普通の人の感情や生活を丹念に描写して、読者に「ああ、こういう人は身近にいるな」と思わせてから、誰にとっても無縁ではない恐怖をたたきつけてくる。

【冲方】 夜ひとりでいると、ふとした拍子に急に怖くなる時がないですか。キングはそんな感情を巧みな描写によって高め、自分が感じた恐怖を全力で人に伝染させようとする。

【白石】 キングは1999年に交通事故に遭って重傷を負い、手術と回復期の間はかなりつらい思いをしたようです。その時に体験した苦痛や恐怖さえ、臨場感たっぷりの描写を交えて作品に反映させる。五官に強く訴えて感情を揺さぶってくるところが強みでしょう。

【冲方】 人物設定、ストーリー展開もさることながら、文章の比喩の面でも相当バラエティーに富んでいます。

【白石】 『図書館警察』という作品で、主人公が化け物に触れたときの感触を「使ったばかりのティーバッグをつかんだような」と表現しています。誰にでも分かる感覚で、怪異を読者の指先に感じさせる天才だと思います。

【冲方】 普遍的なものを使って特殊な印象を構築する力はすごい。アメリカだって広大な国で、州が違えば文化も異なる場合があるけれど、きちんと越境していく力を言葉に収めています。人物の心情描写でも、自分にもそんな経験があるかのように思わせられてしまう。

―かなりの作品が映画化されています。

【冲方】 映像作家が映像にしたがる気持ちはよく分かりますよ。キングがなし得たことに自分も参加したくなるのでしょう。

【白石】 映像になると怖さが倍増する場合も当然ある一方で、一番怖いのは読んでいて頭に浮かぶ自分なりのイメージではないでしょうか。

【冲方】 『シャイニング』あたりは、映像の力が強すぎて別の作品を見ているようです。ただ、日本だったら、映画に限らず、漫画やゲームにもなるでしょうね。媒体を超える普遍性を備えている点も大きな魅力です。

細かい伏線 忠実に翻訳

【冲方】 原作の面白さを理解した上で、作品のエネルギーを損なわずに翻訳するのには相当神経を使うのではないですか。

【白石】 作品全体の流れを頭に入れて、細部でもその流れを損なわないことを心がけています。人によって流儀の違いはあるでしょうが、自分は作品の持ち味や良さを壊さないように気を使います。

【冲方】 キングの場合、一つの作品がいろいろな小説の要素で構成されているのに、一体感を保っているのには驚かされます。

白石朗さん.jpg【白石】 さりげない描写が細かい伏線になっている場合もありますから、そこは見落とさないように気をつけます。幸い、担当編集者や校正者にもキングファンが多いので助けられています。世に出ている翻訳書は、チームワークの産物ではないでしょうか。

【冲方】 英語から日本語への翻訳は横文字同士の翻訳に比べると違う気がするのですが。

【白石】 縦と横の差は大きく、毎日苦しめられています。キング作品は世界各国で翻訳されていますが、同じ横字同士の方が訳しやすいのか、たとえば「ドイツ語版はもう出たのか」と焦ることがままあります。

【冲方】 以前、自分の作品の英訳本が出たとき、女の子の主人公がいつの間にか芸者になっていたことがありました。日本人が書いたのだから「芸者、すき焼き」みたいなノリなのでしょうか。その点、日本人の場合、いいかげんな訳し方は最初からあまりしない気がしますが。

【白石】 明治時代の翻訳には、登場人物を日本の人名にしている例があります。かつては一部を省略する抄訳も行われていました。ストーリーを巧みに伝えるものもあった反面、ミステリーの真犯人の手がかりとなる記述まで省いてしまった例もあったそうです(笑)。もちろん最近では全訳が基本です。

【冲方】 スラングなど英語特有の言い回しを訳す時に苦労しませんか。

【白石】 特に宗教系や人種系の罵倒表現ですね。文化や土壌の差が一番際立つ部分の一つで毎回悩みます。しぐさの表現で言えば「十字を切る」だけで神への祈りだと通じる文化の中で書かれた作品を、お祈りで「手を合わせる」文化の読者にいかに面白く読んでもらうかが課題です。

【冲方】 そういうタイミングで十字を切るのが、アメリカ人の文化だと理解していくわけですね。やはり翻訳文学は文化の背景を含めた印象をきちんと日本語で再構築していく過程で、非常に純粋なモノが言葉として抽出されている気がします。

青山ブックセンター1.jpg

物語へ引きずり込む

―お薦めの本を5冊ずつ挙げていただきました。

【冲方】 『図書館警察』からいきましょうか。

【白石】 図書館の女性司書のアドバイスを受けて借りた本を男が返せなくなったことから、恐怖の幕が上がります。原題『The Library Policeman』は、キングが朝食の席で聞いた息子の一言だったそうです。

【冲方】 女性司書はアーデリア・ローツという名前で、親切めかして、実はいんぎん無礼なこと極まりない。こういう悪女を描かせると、キングはピカイチですね。これに対し男の名前はサム。どこにでもいそうな名前で、すぐ感情移入できそう。ネーミングもうまい。

【白石】 洋の東西を問わず、名前から想像されるキャラクターってありますね。

【冲方】 本を借りる時に名前や住所を登録しているから逃げられない。おまけに借りた本が役に立っているから、借りに借りをつくってしまったような嫌な気分。レンタルビデオ店をよく利用する若い人たちには分かりやすいかもしれない(笑)。

青山ブックセンター2.jpg【白石】 初めてキングの魅力を知ったのが大学1年の時に読んだ『シャイニング』。最初は幽霊ホテルを舞台にした抜群に面白いホラーという感覚で読んでいたのですが、繰り返し読むうちに恐怖の質が変化していきました。

【冲方】 軽い超能力を持つ男の子、子供に何とかいいところを見せようとする父親が出てきます。大学生の頃は子供に感情移入していたけれど、最近は恐ろしいことに父親に感情移入してしまう。

【白石】 雪山の孤立したホテルの怪異描写も背筋が凍るほど巧みですが、一番怖いのは様々な不安を抱え込んでいる父親が、その不安ゆえに変貌していくことです。

【冲方】 映画の出来栄えに、キング本人はあまり満足していなかったそうですね。

【白石】 作者として大事にしていたエピソードが切られていることが最大の不満だったようです。

―冲方さんの新作『光圀伝』にキングの作品が影響しているそうですね。

【冲方】 執筆の角度を暗中模索している時、『悪霊の島』を読んでいてひらめきました。歴史や、個人の人生が多層的に描かれているにもかかわらず、一人の男の物語としてすっと読めてしまう。何という超絶技巧だと、うなってしまいました。

【白石】 伏線があちらこちらに張り巡らされていて翻訳は大変でした。

【冲方】 そうでしょうね。でも、自分にとってはいまだにキングが教科書であることを自覚させられた一冊です。

―キング以外の海外作品ではどうでしょうか。

【白石】 『ロードサイド・クロス』は現代サスペンスの一つの到達点と言ってもいいと思います。ネットの陰の部分から話が始まって、追跡劇あり、どんでん返しあり、犯人捜しの意外性も楽しめます。読者を楽しませて引っぱるテクニックが見事。

【冲方】 目次が面白いなあ。「月曜日」「火曜日」……。目次が時間進行になっている本は、「ちゃんと読者を引っ張っていくぞ」という作者の力の誇示を感じます。

【白石】 『復讐法廷』は、娘を殺された父親が、裁判で無罪になった犯人を銃で殺害し自首するところから始まる法廷サスペンスです。父親を裁く法廷で、陪審員や弁護人の心の揺れが緊迫したタッチで描かれています。

【冲方】 日本では裁判というと密室劇の印象がありましたが、裁判員裁判が始まって、法廷がより身近な存在になってきています。日本でも法廷モノはこれから独自の進化を遂げるかもしれませんね。

心を健康にする読書

―小中学校時代を海外で過ごした冲方さんは、白石さんの翻訳本との出会いが大きかったそうですね。

【冲方】 日本に戻ってから日本語も英語も中途半端になってしまいました。洋画を見ても英語を聞き取れないし、字幕も読めない。言語がおかしくなると、精神的にも追いつめられます。救いを求めるように手当たり次第に本を読んでいた時、一番しっくりきたのが白石さんが翻訳したキングの作品だったのです。

【白石】 あるインタビューで、キングの翻訳本をノートに写していたと話されていたことに驚きました。

【冲方】 片っ端から読んでは書き写していましたよ。縦書きを横書きにしながら、言葉のリズムを吸収していく感覚でした。言語的に孤立して浮遊していた状態の自分を、ぱっと捕まえて、ある地点に下ろしてくれた作業だった。

―本を読む人、読まない人の二極化が進んでいると言われます。お二人にとって読書とは?

青山ブックセンター3.jpg【冲方】 こういうことが世の中にあるのか、こんなものを書く人がいるのかという衝撃を与えてくれる。と同時に、僕にとって読みたいものが書きたいものなので、読むことは書くことに直結しています。

【白石】 活字でしか味わえない陶酔感がある。運良くそんな作品に出会って魅力を知ったら、あとは興味のおもむくまま、どんどん読むのがいいですね。

【冲方】 読書をしている人と、いない人では心の健康の度合いは、かなり違います。自分の中で思い悩んだら、取りあえず本を読んでみたらとアドバイスしたい。「一昼夜寝ずに考えたけど、本を読んだ方が早かった」と、孔子も言っています。

【白石】 読者の睡眠時間を奪ってやるという気迫に満ちた作品は、翻訳ミステリーにもいっぱいあります。ほんのちょっと手を伸ばしてもらえれば、毎日が豊かになると思います。

(司会は、活字文化推進会議事務局・和田浩二)

撮影協力 青山ブックセンター六本木店、ザ・リッツ・カールトン東京

<冲方さんのお薦め本>

図書館警察〜Four Past Midnight2(スティーヴン・キング著・白石朗訳)文芸春秋。
 保険業を営む男が、ロータリークラブの集いで披露するスピーチ作成の参考にするため、図書館の女性司書から助言を受けて本を借りるが、紛失してしまい、災難に見舞われる。

悪霊の島(スティーヴン・キング著・白石朗訳)文芸春秋。
 建設会社を経営していた男は不慮の事故に遭ったことをきっかけに、フロリダの島へ移住する。ある日、男の腕が勝手に動き出し、不気味な絵を描き出すようになる。

ドリームキャッチャー(スティーヴン・キング著・白石朗訳)新潮社。絶版。

グリーン・マイル(スティーヴン・キング著・白石朗訳)新潮社。絶版。

ペリカン文書(ジョン・グリシャム著・白石朗訳)小学館。

<白石さんのお薦め本>

シャイニング(スティーヴン・キング著・深町真理子訳)文芸春秋。
 米・コロラド州のロッキー山中にある幽霊ホテルが舞台。雪に閉ざされた中、管理人家族に数々の恐怖が忍び寄る。S・キューブリック監督によって映画化された。

ロードサイド・クロス(ジェフリー・ディーヴァー著・池田真紀子訳)文芸春秋。
 ジェフリー・ディーヴァーは元弁護士で、アメリカの人気ミステリー作家。天才科学捜査官が活躍する「リンカーン・ライムシリーズ」でも知られる。ネット社会に潜む危険性に警鐘を鳴らす作品にも意欲的。

復讐法廷(ヘンリー・デンカー著・中野圭二訳)早川書房。
 著者は弁護士経験もある。同作は1982年に発表、84年の「週刊文春ミステリーベスト10海外部門」で1位。リーガル・サスペンスの傑作とされる。

魔界転生(山田風太郎著)講談社ほか。

マルドゥック・スクランブル改訂新版(冲方丁著)早川書房。

 冲方 丁さんの歴史小説の世界

「天地明察」 改暦に挑んだ人物描く

冲方丁さん2.jpg 冲方さんは、プラント会社のエンジニアだった父親の海外赴任に伴い、シンガポールとネパールで4歳から14歳までの多感な時期を過ごした。現地のインターナショナルスクールでは、各国から集まってきている級友に「君の宗教は何?」と尋ねられることが苦痛だった。「無宗教だと言うしかないのですが、親からは『フリー・レリジョン』と言っておきなさいと教えられました」
 フリーの意味を自問自答しながら帰国し、六曜、二十四節気とともに、クリスマス、ハロウィーンの行事が記されているカレンダーを見て、納得。同時に「日本人の信仰心の大本は太陽の運行では」と暦に興味を抱き、調べていくうちに、江戸時代前期、日本独自の暦づくりという難事業に挑んだ人物に行き着いた。
 幕府のお偉方に碁を指南するのが職業なのに飽きたらず、暦や算術に没頭、幾多の失敗に打ちのめされながらも改暦という夢を追い続けた渋川春海(はるみ)。「40年間挫折しかしていないけれど、決してあきらめない。僕にとってのヒーローだった」
 埼玉県立川越高校時代、日本史の授業でリポートをしたため、「いつか渋川春海の小説を書く」と心に秘め15年。SF作家、漫画の原作者として高い評価を受けた後、満を持して『天地明察』の執筆に取りかかったが、出版関係者からは「カレンダーをつくった人の話が面白いの?」といった声が聞かれ、「本にはならないかもしれない」と覚悟した時期もあったという。

「光圀伝」 「大日本史」成立たどる

 歴史小説第2弾となる『光圀伝』の連載が月刊文芸誌「野性時代」(角川書店刊)で始まった。
 水戸藩2代目藩主水戸光圀は、幕末の尊皇攘夷思想にも大きな影響を与えたとされる歴史書「大日本史」の編さんを命じた人物。『天地明察』を執筆する過程で存在を知った。「家来を日本各地に派遣して文献を集めさせたり、遺跡を発掘させたりして、科学的な資料収集と比較検討の方法を取りながら、日本人がどこから来て、どこへ行こうとしているのかを考えようとした」
 前作では暦をつくろうと奮闘する人々の姿が描かれたが、新作では、日本史という大きな“ソフトウエア”を構築しようとする姿が描かれていく。

◇作家 冲方丁さん
 うぶかた・とう 1977年生まれ。岐阜県各務原市出身。早稲田大学第一文学部中退。1996年「黒い季節」で、ライトノベルを対象とするスニーカー大賞金賞、2003年には「マルドゥック・スクランブル」で日本SF大賞を受賞した。現在は福島市に在住。
 ◇翻訳家 白石朗さん 
 しらいし・ろう 1959年生まれ。東京都出身。早稲田大学第一文学部から出版社に入社。退社後は、スティーヴン・キングのほか、ジョン・グリシャムなど、法廷ミステリー、SF作品の翻訳を多数手がける。 

 

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